大井川通信

大井川あたりの事ども

人知れず私 (原田一言詩抄)

大井村の賢人原田さんは、荒れ果てた民家を借りて、何年もかかってほとんど一人で改修して、古民家カフェの体裁を整えた。僕が四年ほど前にたまたま入店したのは、そのリニューアルオープン日だった。早朝の新聞配達で店の運営を支えていた原田さんは、幼稚…

『ビブリオ漫画文庫 』山田英夫編 2017

ちくま文庫所収の本をめぐる漫画アンソロジー。本をテーマにした漫画を集めると、結果として古本屋を舞台にしたものが多くなるのはなぜだろう。 先日、一箱古本市というものに初めて出店した。主催者が出店が少なくて困っているというので、実際は一箱ではな…

『西田幾多郎』 永井均 2006

少し前に『中動態の世界』を読んだときに、能動と受動の対立を当然の前提として議論を始めていたのがひどく乱暴な気がした。哲学はこの辺をもっと繊細にあつかっていたはずと思って、とりあえず心当たりを再読したのがこの本だ。 この本では、日本語的把握と…

お饅頭のリレー

初任給が出たとき、次男は卒業した特別支援学校に、お菓子をもってあいさつに行った。もちろん親がアドバイスして、学校まで車で送り迎えもしてあげたのだが。学校の職員室と、寮の職員室との二つ分の菓子折りをもって、次男は、ひさしぶりの先生と照れくさ…

旺文社文庫の箱

だいぶ前に発行をやめてしまったが、学生時代には、旺文社文庫が好きだった。文庫には珍しく箱入りの時代もあって、当時は古本屋の棚でそれを見かけることができた。箱がなくなったあとのカバーも、他の文庫とは違って一冊ごとに違うデザインで装丁されて明…

新潮文庫の棚

もう20年近く前になるだろうか、この街の国道沿いの書店でのことだ。そこはレンタルビデオ店を併設していたので、家族でよく利用していた。その書店が閉店して、子ども向けの体操教室に建て替わってからは、ファミレスやコンビニなどがあるそのショッピン…

エゴサーチと同姓同名の会

僕の名前はそれほど珍しいものではないと思うのだが、氏名の組み合わせでいうと、全国に多くいるわけではないようだ。ネットの検索をかけても、同姓同名の人は、せいぜい三、四人しかでてこない。 そのうちの一人は、もうだいぶ以前に亡くなっている人だ。大…

鳥たちの冬支度

今朝、通勤の道で、ジョウビタキのオスとメスがにらみ合っている場面に出合った。オスは、車道の隅にうずくまって動かない。メスの方が、さかんに場所を変えたり、近づいたりして挑発する。付近は、広い原っぱの空き地があるから、どちらも譲れないナワバリ…

メニエール症候群

歩き出しても平衡感覚がおかしくて、まっすぐ前にすすめない。踏み下ろした床がぐわんぐわんと沈むような感じがする。久しぶりに始まったなと思う。職場のソファーに横になっても、むかむかと気持ちがわるい。頭痛ではないが、後頭部が少ししびれる感じで耳…

クマバチの意志

近所のため池で、クマバチを見かける。秋に見ることは珍しいような気がして、図鑑で調べると、それそろ活動期間の終わりの時期だった。 昔図鑑で見るクマバチの姿は、大型のハチにしてはまるっこくて胸の黄色と黒いおしりもかわいらしく、いかにも狂暴そうな…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その4)

ずいぶん乱暴な感想を書いてきたが、最後にさらに身勝手な連想をつけくわえたい。 著者が、能動/中動という、行為の二類型を時間をさかのぼって取り出したのは刺激的だった。著者は、この対立概念は基本的に抑圧されたままだと結論づける。しかし、それでは…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その3)

ほんの少し前までは、つぶやく、というのは徹底して私的な行為だった。独り言を小石のように道端に投げ捨てる。言葉は、即座に砂利に紛れて消滅し,当の本人は、つぶやいたことなどすっかり忘れて、目的地へと急いでいる。行為者は、つぶやきという行為の外…

ブルークロスムーブメント

知り合いの紹介で、ブルークロスムーブメントの集会に参加した。元暴走族の総長で、更生後に暴走族をボランティア団体に変えたことで有名な工藤良さんが中心になって、立ち上げた運動のようだ。司法、教育、福祉が連携し、非行少年の立ち直り支援にむけての…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その2)

それでは著者は、中動態をどのように定義するのか。「主語が動詞によって示される過程の外/内のどちらにあるか」が、能動態と中動態との区別の基準だという。中動態は、主語(行為者)がある過程の内部にいることを示す、と。これは、あっけないほど簡単な…

渦巻けるカラスの群れ

先日、今年初めて、ミヤマガラスの群れを見た。かつて塩田のあった開けた農耕地を走る県道で、道路わきの電線にカラスがずらっと並んで止まり、田畑にも散らばってエサをあさっている。ただしミヤマガラスにしては小さな群れで、大群になると、カラスがぎっ…

水平線上に突起をつくれ

数年前、ある高校の卒業式に出席した。その学校の校訓は「水平線上に突起をつくれ」という一風変わったもので、校歌を歌う前にも、まず「突起をつくれ!」と大声で気合を入れる。由来を調べると、大正時代の初代校長の言葉のようだ。100年前には、今聞く…

庭の恐怖

実家の庭の隅に小さな小屋があって、その裏に回ると、隣の敷地の板塀との狭いすき間から、道の脇に立つ木製の電柱を見上げることができた。電柱の上部には、変圧器みたいなものがついていて、丸形のガイシがついていた。幼い僕には、それがバケモノの丸い目…

封印された自転車(記憶論その2)

どのくらい前だろうか。まだ記憶の衰えをそこまで自覚してなかった頃だった。ただ仕事が忙しく毎晩深夜まで働いていたから、そのストレスが大きかったかもしれない。ある晩、自宅のある駅に戻って、駐輪場にたどり着き、さあ自転車を出そうとして、チェーン…

ジョウビタキがやってきた

玄関を出ると、隣家の屋根の上から、「ヒッ、ヒッ、ヒッ」という声が聞こえてくる。鳥の聞きなしは微妙なものが多いが、こればかりは、「ヒッ、ヒッ、ヒッ」としか聞き取れない。その合間に、カタカタカタと小刻みにモノをたたくような音も聞こえる。 ジョウ…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その1)

昔からかかわっている読書会の課題図書として読む。よく売れていて、書評等でも評価は高いようだ。しかし、苦労して読んでみると、納得できなかったり、疑問を感じたりするところが多い本だった。たくさん考えさせられた、という意味では刺激的で得難い読書…

なぜ同じ話を何度もするのか?(記憶論その1)

ほんの10年くらい前まで、年配の人が平気で同じ話を何度もするのが不思議だった。この話、前に聞いたばかりなのに・・・。非難の気持ちというより、目の前にあるコップがなぜ見えないのだろう、と思うのと同じくらい素朴な疑問だった。いつのまにか、自分…

原っぱのヒキガエル

実家の庭を、暗くなってから歩いていると、足もとを何か大きな生き物がはねるように横切った。すぐにヒキガエルだと気づいたが、ずいぶん久しぶりの出会いだった。 実家の横に大きな原っぱがあったときには、土地の主のようなヒキガエルがいて、間違えて踏み…

老いの過程

僕は、祖父母の記憶がほとんどない。母の田舎の座敷でふとんに寝ている母方の祖父の姿を、ぼんやり思い出すだけだ。あとの三人は、僕が生まれる前に亡くなっている。そのせいかわからないが、お年寄りのことを分かっていない、と自覚することがある。 80代…

樋井川村から大井村へ

近所の大規模住宅団地で、今、ニュータウンのリノベーションの動きが起きている。先月から毎回ゲストを招いて「郊外暮らしの再成塾」が開催されていて、今月が株式会社樋井川村の村長を名乗る吉浦隆紀さんだった。所有と市場をベースに、おおきなうねりの発…

「秋の祈り」高村光太郎 1914

秋は喨喨(りょうりょう)と空に鳴り/空は水色、鳥が飛び/魂いななき/清浄の水こころに流れ/こころ眼をあけ/童子となる 多端紛雑の過去は眼の前に横はり/血脈をわれに送る/秋の日を浴びてわれは静かにありとある此(これ)を見る/地中の営みをみづか…

駄洒落を言ったの誰じゃ(その3)

ある日、近所のため池をのぞいていて、とんでもない発見をした。ため池は、養魚池としても使われていて、色とりどりの鯉が、気持ちよさそうに泳いでいる。しかし、これはとんでもなく矛盾した事態ではないか。 池の鯉・・・イケとコイ・・・行けと来い!? …

「日本の家」展で、家について考える

東京国立近代美術館で、「日本の家」展を見た。海外での展覧会の帰国展ということで、13のテーマ別に事例を取り上げているのは、わかりやすかった。「プロトタイプと大量生産」「閉鎖から解放へ」「家族を批評する」「さまざまな軽さ」「すきまの再構築」…

詩集『声と冒険』(岡庭昇 1965)から

午後の乳母車の歌 岡庭昇 乳母車が走る/やさしいそぶりで増殖しつづける霧を裂き/白いすじを作りながら/まっすぐに走ってゆく/九段坂上をぼくはゆっくり歩く/乳母車が千代田城濠わりの横を走ってゆく/熱っぽい眼、ひらかれようとするくちびる、破れた…

家庭の恐怖

妻は、実の兄との関係があまりよくなかった。それで10年ばかり会っていなかったのだが、先日、突然の訃報があった。通夜と葬儀に出て、いざ出棺の時に、手を合わせて「では、さようなら。来世は私の前に現れないでください」とお祈りして、お別れしたそうだ…

住宅街の恐怖

今の街に引っ越して、まだ間もない時だったと思う。住宅の数も少なくて、今より周辺もだいぶさみしかった。夜中、子どもを残して夫婦で車を出した。翌日の用事にそなえて、買い物とガソリンの給油に行ったと記憶している。当時3歳の長男は寝付いていたし、…