大井川通信

大井川あたりの事ども

セミのいろいろ

9月の下旬に入って、家の近くではもうツクツクボウシの鳴き声も聞かなくなった。ある程度まとまった林に行けば、まだツクツクボウシは元気にないているし、おそらく来月の初旬まで聞くこともできるだろう。しかし、もうセミのシーズンは終わったといっていい…

嵐の夜の恐怖

玉乃井カフェを訪ねて、主の安部さんと話している時、古い家屋で耳に入る音について話題になった。 築百年の木造の旧旅館は、雨だれや風の音など、さまざまな自然の音を増幅してひびかせる。また、屋内で生じるささいな音、例えば時計の機械音なども、はっと…

追悼 イマニュエル・ウォーラーステイン

「世界システム理論」で著名な、歴史学者・社会学者のウォーラーステイン(1930-2019)が亡くなった。冥福をお祈りしたい。僕の学生時代には、すでに輝かしい名前だった。 手持ちの『史的システムとしての資本主義』を再読する。原著の元になった講義は、19…

人間とは本来「自然、時間、土地」という自身でどうにもできない条件に制約された存在です

アメリカの政治学者パトリック・デニーンの言葉。新聞のインタビュー記事で見つけたものだが、今の自分にはとてもしっくりとくる言葉だ。 自由主義は、こうした制約をなくても困らないものとし、自分が思う通りに自由に動き回ることをよしとして、そこから膨…

すた丼のほろ苦い味

食に関しては知識も味覚もなく、唯一記事にできるB級グルメが「すた丼」だ。今年になってから地元にチェーン店が出店したので、帰省時にねらって食べる必要がなくなった。それで何十年ぶりかで、すた丼発祥の店を訪ねることにした。 国立駅は撤去されていた…

『ケーキの切れない非行少年たち』 宮口幸治 2019

著者は、公立精神科病院で児童精神科医として勤務していたが、発達障害や知的障害をもち様々な問題行動を引きおこす子どもたちに対して、対症療法以外の支援方法を見いだせずに悶々とした日を過ごしたという。藁にもすがる思いで病院をやめ、支援のヒントを…

次男の子育て(6歳から8歳まで)

小学校入学と同時に、ワタルは感覚統合研究会(「SI」)に週一回通うようになる。この会は、地元の教育大学の学生のサークルで、顧問は他大学に転出した先生が時々指導に来ていた。会では学生たちが感覚統合理論に基づいて療育する子どもを募集していて、ワ…

次男の子育て(6歳)

いよいよワタルの小学校生活が始まる。幼稚園での様子からは、補助の先生なしで小学校になじめるのか、とても不安だった。 ところが、四月には、ワタルが宿題にマルをもらってかえってきた。本人も「がっこうはしゅくだいがあるからいい」と話したという当時…

つぎは15メートルの流しそうめんがやりたい

職場がある地域の敬老会に参加する。 この夏には、自治会の役員さんたちの協力で、地元の竹を使って流しそうめんの台をつくってもらった。子どもたちにはとても好評だったから、そのことのお礼をあいさつで言おうと思った。竹を接いで、8メートルの長さの台…

転職問答

A:転職を考えているようだけど、君の知り合いで転職した人の情報は集めているの。成功例とか失敗例とかを聞けば参考になるかもよ。 B:自分のやりたいことがあって転職した人は、だいたいうまく行っているみたいだ。そうでない人の転職後の話はあまり入って…

次男の子育て(5歳と6歳)

幼稚園年長さんの9月に、はじめてのてんかん発作があった。朝ふとんの中で、口から泡を吹いて、よだれがながれ、身体がだらんとして無反応になる。(妻はよく、目が流れる、といっていたが、黒目がはじに寄ることだろう) この時は二日ほど入院し、薬を処方…

次男の子育て(5歳)

ワタルの幼稚園は、キリスト教系の園だった。僕が住んでいる住宅街がある丘のはずれの森の中の木造の園舎で、近くにはため池と小さな教会があった。僕もきまぐれで、一度だけ日曜の礼拝に参加したことがある。年配の園長先生が牧師だった。 やはりクリスマス…

文芸評論の時代

少し前に、文芸評論について、こんな記事を書いた。 かつて日本に文芸評論の時代というべきものがあって、彼らが最前線の思想家として、ふるまっていたこと。その理由は、日本人は抽象語による思考が苦手で、現実や生活から遊離したものとなってしまうので、…

東京の災害

東京を出て、今の地方都市での生活がすいぶん長くなった。東京といっても多摩地区だし、都心に通ったのは大学の4年間しかない。だから、たまに東京に帰省すると、今の地元での時間の流れやリズムとの違いが、どうしようもなくはっきりする。 9日は、台風15号…

上池台3丁目と東雪谷4丁目

東京都大田区の住宅街。商店街や工場や目立つ公共施設があるわけでもなく、特に特徴がない地域だ。地名に「台」と「谷」がつくくらいだから、地形には起伏があり、坂が多い。 東雪谷4丁目の方は、洗足池へと流れる狭い水路があり、細い緑地帯にもなっていて…

二つの聖地

実家の整理の話があって、急遽東京にいく。早い飛行機にのったが、初日は用事はない。近頃は内向きの生活をしているせいか、行きたい美術展も名所旧跡も観光スポットも思い浮かばない。それで、聖地巡礼をすることにした。 実は、初めからそう思って訪ねたわ…

次男の子育て(3歳から5歳まで)

3歳から3年間、毎週一回、療育施設の療育訓練を受けにいくことになった。この施設の先生たちには大変お世話になった。今でもたまに、次男を連れて行ったり、親だけで訪ねたりする関係を保っている。海水浴やバーベキューなど行事もあって、保護者の方たちと…

次男の子育て(0歳から3歳まで)

次男のワタルが二十歳になり、障害基礎年金の請求手続きをした。軽度の知的障害だから、認定は難しいかもしれないが、親の義務として必要な手続きはするべきだろう。といいながら、医師の診断書をとるのに手間取り、ずいぶん遅れてしまった。 認定請求には、…

面接試験の指導をする

知り合いに頼まれて、面接試験の指導をした。経験が少ないにもかかわらず、受験指導となると、つい力が入ってしまうのが悪い癖だ。さらには、そこそこの指導技術があるのではないかと勘違いしているものだから始末がわるい。 受験生は外見も態度も悪くない。…

泉鏡花の戯曲を読む

学生の頃、図書館で泉鏡花全集を借りてきて、ところどころ読みかじっていた時期があった。法律の勉強にあきて、現代思想にのめり込む前の、ごく短い期間だったと思う。よくわからない言葉も多く、描かれる風俗習慣は別世界だ。しかし、読むとその作品世界に…

『わたしの濹東綺譚』 安岡章太郎 1999

『濹東綺譚』好きだった父親の蔵書。立川駅ビルのオリオン書店の、出版年の日付のレシートがはさんである。出版を待ちかねて購入したのだろうか。 『濹東綺譚』出版前後の社会情勢や文壇の裏事情について、安岡章太郎(1920-2013)本人の体験も交えて、気ま…

『ほんのにわ』 みやざきひろかず 2018

みやざきひろかず(1951-)の新作絵本を、少し遅くなったが手に入れて読む。完全オリジナル作品で、大人向けであることからも期待がたかまる。 はじめはストーリーを中心に足早に読んでしまったので、絵もいいし、展開も面白いにもかかわらず、なんとなくふ…

女王の交代

昨秋から、クモを観察するようになった。職場近くの林には、ジョロウグモのクモの巣があちこちにかかっている。自分の巣にぐるぐる巻きに絡まったときに脱出できるか、とか無慈悲な実験をやってみたりした。冬が深まると、巣の数は減っていくのだが、大寒波…

僕の短歌

何事についても、それを考えるための手がかりは、自分が生きてきた時間と空間のうちにある。そこで短歌については、まず伯父とのかかわりが出てきた。では、僕自身、短歌を意識して作ったことはあるのか。これはまったく記憶にない。 詩なら、学生時代の草稿…

皇后美智子の短歌

読書会で永田和宏の『現代秀歌』を課題図書にした。哲学書や思想書を扱う読書会なのだが、僕の選書の順番だったので、そもそも短歌とな何なのか、という問いを短歌とはすこし距離のある場所で話し合うことができたら、というのが目論見だった。そのことを通…

伯父の短歌

もう30年も前の話になるが、従兄が、同じ演劇人同士で結婚をしたとき、青山の会館で結婚式を挙げることになった。親戚同士の顔合わせの小規模な式だったから、当時東京で塾講師をしていた僕が司会を頼まれた。 式が終わったあと、伯父から手渡された鉛筆書き…

『長谷川龍生詩集』 現代詩文庫18 1969 

長谷川龍生(1928-2019)の訃報が、数日前の新聞にあった。年譜を見ると、僕の母親より一年早く生まれ、一年遅く生きたことになる。 手もとにある詩集を追悼の気持ちで読んでみると、これがけっこう面白い。1950年代に書かれた詩が中心なので、その時代の雰…

小説『失踪』を構想する

『濹東奇譚』の中で、主人公大江匡は、小説『失踪』を構想し、その資料を集めることを、町歩きの目的の一つとしている。しかし、作中、『失踪』は、家庭から出奔した元中学教師の種田が、女給のすみ子のアパートに逃れて、二人の将来について語りあうところ…

『濹東奇譚』 永井荷風 1937

読書会の課題図書だが、僕には思い出深い小説。手元には父親の形見の初版本の復刻版がある。 「濹東奇譚はここに筆を擱くべきであろう。然しながら若しここに古風な小説的結末をつけようと欲するならば、半年或は一年の後、わたくしが偶然思いがけない処で、…

小鳥たちの混群に包まれて

背の低い木々の明るい林の中を歩いているとき、突然、周囲に小鳥たちの気配がして、いつのまにか小鳥たちの群れに包まれている時ほど、鳥好きにとって至福の時間はないだろう。 これはおそらくカラ類の混群(いくつかの種類の小鳥が交ざった群)だろうと思い…