大井川通信

大井川あたりの事ども

影絵の世界

母親の義弟にあたる叔父から聞いた話。僕の父親が、勤務先のミシン会社の同僚だった叔父を1年間じっくり観察した後で、この人なら大丈夫と、母の妹の結婚相手に紹介したのだという。勝気の叔母は、私は家のある人でないと結婚しないと言ったそうだ。(ひょ…

挺身隊の思い出

母は、終戦前の一年ばかり、千葉の軍需工場で、女子挺身隊として働いていた。三菱の軍用機を作っていて、完成するとみんなで機体を送り出したそうだ。勤務中に工場の疎開も経験している。同僚なのか、兵士だったのかは聞きもらしたが、地方出身の若い男の人…

十力の謎

今ではほとんど使われなくなってしまった村の小字の地名には、不思議なものが多い。いくら眺めても、口でいってみても、よくわからない。地元の小字名で、唯一自分で解明できたと思えるのが、十力(じゅうりき)だ。 大井の中でも古くからある集落で、江戸時…

『今を生きるための現代詩』 渡邊十絲子 2013

5年ぶりの再読。老練の荒川洋治の著作を読んだあとだからか、著者の「詩人」としての自意識の固さが、はじめは気になった。「詩はよくわからない」という人は、詩の大切さがわかっているくせに、子供の感想みたいなことしかいえないものだから、自分を守っ…

私と鳥とお年寄りと

先日、若い友人の教師が遊びにきてくれた。今、何をしているのか聞かれたので、お年寄りと話すようにしている、と答えた。その流れで、かなり適当な理屈だけど、こんな話をした。子どもはかわいい。子どもには未来がある。子どもは教えたことをタオルみたい…

再び路上へ

台風のあと、梅雨前線による大雨が降り、朝晩は肌寒さを感じるような日が続いた。今朝は久しぶりに晴れ上がり、気温も上がるという予報だったので、日差しが強くなる前に家を出た。この夏初めてのクマゼミの声が聞こえる。 よく、ストリートだとか、路上だと…

トビとアオサギ

またしてもトビの話題で申し訳ない。鳥好きの人からみれば、おそろしく雑な鳥見報告に思えるだろう。しかし、珍しい場面を目撃したので、記録しておきたい。 かなり上空をトビが旋回している。その近くを旋回する鳥がいるのだが、トビの仲間にしては形が違う…

『詩とことば』 荒川洋治 2004

理由があって、詩について、少しまとめて考えようと思い立った。新しく、手に入りやすい詩論を探しても、今はほとんど出版されていない。結局、積読の蔵書から読み始めることにする。荒川洋治は、世代を代表する詩人で、僕にも好きな詩がある。感覚的に好き…

笹の葉ラプソディ

『涼宮ハルヒの消失』からの流れで、七夕にちなんで、ハルヒのアニメシリーズの『笹の葉ラプソディ』を観なおしてみた。 アニメは、大学時代に『装甲騎兵ボトムズ』にはまったのを最後に、ガンダムもエヴァンゲリオンも見ていない。ようやく数年前に、たまた…

オウム教祖、死刑執行

麻原彰晃らオウム教団幹部の死刑が執行された。早朝から記録的な大雨となり、通勤途上、田んぼのイネもあぜ道も水没して湖面のように広がっていたり、濁流が川岸からあふれそうになったりするのを見て、不安な胸騒ぎのする朝だった。 今まで死刑囚について、…

二葉亭四迷のエッセイを読む

読書会で、二葉亭四迷(1864ー1909)の『平凡』を読んだ。岩波文庫には、表題作のほかに、エッセイの小品がいくつか収められているが、これも面白い。表題作のモチーフである文学批判を、ざっくばらんに語る中で、びっくりするくらい鋭い知性の輝きを見せて…

台風一過

夕方から、いよいよ台風が近づいてきて、雨風の合間に、ふいに突風につき飛ばされそうになる。空には、ちぎれた雲がいっせいに同じ方向に流れているが、その中を、飛行機が一機、ななめに横切っていく。こんな天候にどうしたのだろうか。家の周辺を見回り、…

魔術の再生

見田宗介は、近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、脱高度成長期の若者の精神変容のデータを扱っている。そこで目を引くのが、「お守り・お札を信じる」、「あの世、来世を信じる」、「奇跡を信じる」などの一見非合理的な回答のポイントが、1973年から…

球はふしぎな幾何学である。無限であり、有限である。

球面はどこまでいっても際限はないが、それでもひとつの「閉域」である、と見田宗介は近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、続ける。 だから、生産と消費の無限拡大のグローバルシステムは、地球表面上での障壁を消し去るかに見えるが、そこで最終的な有…

『現代社会はどこに向かうのか』 見田宗介 2018

自分自身が老境に近づくと、かつて親しんだ思想家たちもすいぶんと高齢になり、この世を去った人も多くなる。かつての若手すら、もう70代になっている。彼らの新しい著作を読むと、年齢という要素が大きいことに気づくようになった。思想家といえども、抽…

トンビとカラス

テレビシリーズの日本昔話に、こんな話を見つけた。 昔、鳥はみんな白かったという。トンビの田んぼの田植えを、鳥たちみんなが手伝いにきたりするのは微笑ましい。村人の似姿だ。そのときに、連れてきたヒナたちが、親を間違えてついて帰ってしまう。 村の…

雨ごいとW杯

子どもの頃、地理の授業で、降水量の少ない四国の讃岐平野にため池が多いと習った記憶がある。近所を歩くと、僕が住む地域も、小さなため池があちこちにある。ほとんど江戸時代に作られたもので、水量の豊富な川がないことが理由だろう。それでも日照りには…

文学的半生

小説を読む読書会で、事前に提出する課題のなかに「文学に興味を持っていなかったら、あなたの人生や性格は、今とどのように違っていたと思いますか」という質問があった。 参加者は、読書好きの若い人が多くて、文学のおかげで、視野が広くなったり、考えた…

こんな夢をみた(その4)

自宅を建て直したのだろうか、外観も内装も見違えるようだ。しかし、いざ暮らし始めると、隣家の奥さんが、いつの間にか室内で探し物をしている。よく見ると、建物の一面が隣家とつながっていて、壁がない。ケースみたいなものを積み重ねて、仕切りにしてあ…

『サブカルの想像力は資本主義を超えるか』 大澤真幸 2018

読書会の課題本。後書きを見ると、著者は講義で話をしただけで、事実誤認の修正や内容の補足を含めた、本にするすべての作業を他者にゆだねていることがわかる。だから、当然ながら、とても「雑な」印象の本だ。そして、雑であることに関して、著者はおそら…

『涼宮ハルヒの消失』2010

『君の名は』を観るついでに『涼宮ハルヒの消失』を借りて、久しぶりに観た。やはり良かった。二作続けて観ると、後者の描く世界の広さや深さがきわだっているように感じられた。もちろん、前者もすぐれた愛すべき作品だし、原作とアニメのシリーズを背景に…

巨大なもの

これまた、今頃になってビデオ録画した『シン・ゴジラ』(2016)を観た。十分面白く、楽しめる作品だった。冷静になれば、生物にすぎないゴジラを、あれほど強力な存在に描くのは無理があるし、そのわりに無防備に活動停止してしまうのはどうかと思う。しか…

ある美術家の生涯

ある美術家の回顧展を公立美術館に観に行く。 1960年代末には、既存の表現や制度を「粉砕」して、グループで「ハプニング」と称する過激な実践を繰り返すが、逮捕され、孤立する。この時代は、ビラやポスターや写真等の資料展示で、いわゆる作品はない。 1…

彗星の行方

今頃になって、レンタルビデオで借りて、新海誠監督の『君の名は』(2016)を観た。想像していたより、ずっと普通に楽しめるよい作品だった。物語では、彗星の接近が重要なモチーフになっているのだが、夜空に長く尾をひく彗星の映像がとても印象的だ。 僕が…

トビとナマズ

ふいに田んぼから飛び上がったトビが、何かだらりとつりさげている。魚にしてはヒレなどが目立たずに、妙にぬめっとしている。反対側のあぜに着地しても、獲物に食いつく様子はない。気になって近づくと、また同じ獲物をぶるさげて、林の入り口まで飛んで行…

二人の法学者

もう何か月か前の話だが、同じ日の新聞に、ゆかりのある二人の法学者の記事が出ていた。 僕は法学部の出身だけれども、学生時代に購入した法律学の教科書や専門書で手元に残しているのは、一冊しかない。当時、学部の看板だった刑法学者のN教授の本だ。N先生…

バベルの塔

マウス型ロボットが/高速戦車に追われて/砂嵐の砂漠を疾走する 戦車がロケットを発射すると/マウスは敵もろとも/砂を噴き上げて自爆する あと一台・・・ 薄暗い塔の中/バビル2世は/大型モニターを見上げて/防衛システムに次々と指令を出す/すでに/…

こんな夢をみた(その3)

とある施設の広い敷地の一角に、なぜか僕の所有する建物が建っている。夢の終わりの頃には、施設はなぜか学校になっていて、僕の所有物も、その校庭の隅の、かなり大きな建造物になっていた。夢の途中で設定が変更になるのはよくあることだ。むしろ、めまぐ…

『視線と「私」』 木村洋二 1995

保育園で、園児たちが口々に「見よって、見よって」と叫ぶ姿を見て、20年以上前に出版された、この本のことを思い出した。 僕みたいな独学者は、行き当たりばったりに本を読んでいく中で、自分が生きて考えていく中で、本当に役に立つ論理を見つけていく。…

タコウインナー、あるいは見立てるということ

保育園の園庭で、三歳くらいの女の子が、手のひらに、いくつもの小さな花弁を載せて、それを見せに来る。「タコういんなー」 赤い花弁を伏せた姿は、広がった花びらがタコの足のようで、なるほどタコ・ウインナーそっくりである。女の子の親は、ウインナーソ…