大井川通信

大井川あたりの事ども

江戸の元号

江戸時代の元号は35個ある。 以前から順番に暗記しようと思っていて、近ごろようやく覚え始めた。それと同時に、これも前から構想していた、大井川歩きの中で江戸の元号のコンプリートを目指す、という新しい遊びを始めることにした。 大井川歩きの自主ル…

観光客の哲学 東浩紀 2017

とてもいい本だった。 リベラリズム、ナショナリズム、グローバリズム、そして観光客。キーワードは少ないが、論述は驚くほどていねいだ。 数少ない精選された概念で世界のリアルな見取り図を描くという、言うは易く行うは難い現代思想の課題をあっさり果た…

オオスカシバ

数日前、自宅の駐車場で、オオスカシバの姿を見た。すぐに隣家の庭に消えてしまったが、透明な羽に黄色の太い胴体が目に残った。高速で羽ばたいてホバリング(空中停止)もできるから、蜂のようにみえるがスズメ蛾の仲間だ。 実家の庭には、クチナシの垣根が…

オニヤンマ

七月になってから猛暑が続き、早朝でないととても散歩などできなくなった。朝6時過ぎに家を出て、クロスミ様の鎮座する里山をこえて、モチヤマの集落に入る。 小川沿いの田舎道で、いきなり大柄な誰かに出くわしたと思ったら、オニヤンマだった。 八木重吉…

新米建築士の教科書 飯塚豊 2017

著者は、「建築士になるための勉強」の機会はあっても、「一人前の建築士として食っていくための勉強」については、テキストもなく学ぶ方法もなかったという。大学では実務に役立つことは教えないし、会社では実務の中で長い時間をかけて身に着けることが要…

授業がうまい教師のすごいコミュニケーション術 菊池省三 2012

菊池メソッドで有名な著者の本を初めて読んだときは、驚いた。子どもをほめればやる気を出して学力も上がる、というくらいの話だと早合点していたからだ。実際はそんな生やさしいことではなかった。 彼は荒れた学級で、子どもを一人ずつ教室の前に立たせ、級…

コジュケイ

大井川周辺でも、里山から、チョットコイ、チョットコイ、という大きな声を聞くことがある。 新しい職場は、広い松林に囲まれているから、いつも賑やかなガビチョウに混じって、ひときわ大きなコジュケイの声を耳にするのだが、ヤブから出ないコジュケイがど…

オスプレイ

トビをふつうに見かける川沿いで、それとは違う白い鷹を見つけたのは、だいぶ以前のことだ。鷹は、河口近くの川面に獲物を見つけると、姿勢をかえて急降下し、波しぶきを立てて魚をつかみとっていた。大きめのコートをはおったようなトビよりもスマートで、…

必ずクラスを立て直す教師の回復術! 野中信行 2012 

1971年に教員生活をスタートさせた筆者は、70年代(まで)と、それ以降の現代の教師の仕事とがまるで違ったものになっていることを、冒頭、簡単な図で明示する。以前は、授業と行事に力をそそげばよかったのだが、現代は土台としての学級づくりが過半…

「イエスの方舟」論 芹沢俊介 1985

報道された情報だけを使って、自らの解釈と思弁を強引に進めていく手法は読みにくいが、かつての批評のスタイルなのだろう。ただ前半で、家族(対幻想)の解体と変容という物差しを振りかざして、「既成の価値体系」にしばられた親を貶め、イエスの方舟の新…

現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史 2017

イースト新書刊。本書の中で、月間150冊出版される新書が雑誌の代わりになったのが、論壇劣化の元凶のように言われているが、まさにそれを地で行くような内容だった。 ロスジェネ世代でもある社会学者北田暁大が、若者論の批判的研究をしている後藤和智と、…

南無阿弥陀仏 柳宗悦 1955

柳は、平易な新しい言葉で仏教を説くことの必要をとく。そして、念仏とは何か、阿弥陀仏とは何か、浄土とは何か、について現代人にも通じる本質的な説明を試みるのだ。 「少なくとも幾千万の霊(たましい)が、この六字で安らかにされたという事実を棄てるこ…

日本建築の特質と心 枝川裕一郎 2017

全体ありき、ではなく「部分から全体へ」という考え方を基礎にして展開される日本建築の特質を、実例をあげながら説明する。 それを Japanese Identities として日本文化論と直結させるところはやや単純化のきらいがあるが、諸特質の列挙は網羅的で、「自然…

自由の彼方で 椎名麟三 1954

語り手は、1927年に数えで17歳の若き日の自分山田清作を「死体」として回想を始める。第一部では、親元を家出して、大阪でコックをしていた当時の不良少年仲間との交渉が語られる。第二部では、1929年に神戸で私鉄の車掌となり、非合法の共産党員となって労…

無邪気な人々 椎名麟三 1952

緒方隆吉が妻弘子と住む二階屋に、突如赤ん坊が届けられる。空襲で死んだはずの弘子の前夫が、弘子との間の子であるという戸籍とともに置いて、立ち去ったのだ。 敬虔なキリスト教徒の隆吉は、事態の不可解さとともに、重婚を犯した罪におののく。 赤ん坊の…

深夜の酒宴 椎名麟三 1947 

刑務所のようなアパートで、おじ仙三からの理不尽な責め苦に耐えて絶望を生きる須巻。収監者である住民たちは、困窮の中で、徐々に死にむかっていく。戦時中、挺身隊で働く工場の工員と付き合った(僕は自分の母からそんな思い出話を聞いている)という若い…

おっさんち

母の見舞いもかねて、帰省する。 隣町の姉のマンションに一泊して、姉と実家まで歩いたとき、小学生の頃通った駄菓子屋があった近辺を通りかかった。帰ってからネットを見ると、バラックの小屋のような店や、店主のおっさんの風貌まで懐かしむ書き込みや記事…

自転車で

父は退職まで、隣町の立川の工場に自転車で通っていた。僕が家を出た後のことになるが、府中の再就職先まで、8年間やはり自転車で通勤したようだ。小学校の頃は、月に一度几帳面な父と一緒に、自転車をピカピカに掃除をするのが習慣だった。 父が定年になっ…

夢中の教育論

夢の中で、見知らぬ校長と話をした。大学受験の話題で自分より一歳年少だとわかる。校長は友人との毎週の勉強会も欠かさないという勤勉な人で、さっそく僕は問いかけてみた。今の公教育の問題点は何ですか?・・・常識的な彼の答えに、僕は反論する。現象の…

理髪店

辞令交付の前日、髪が伸びているのが気になって、夕方、職場近くの「床屋」に思い切って入ってみた。髪を切られるのが苦手で、昔ながらの理髪店でそれも行きつけのところでないとだめだ。職場の地名が店名になっているのも何かの記念になるだろうと、扉を開…

大井炭鉱

家から歩いて10分ばかりの里山の中に、小規模な炭鉱跡があることは、10年近く以前の聞き取りで知っていた。谷に沿って山に入ると、今は小さな畑地になっているが、周囲にはボタが落ちていたり、赤水がたまっていたりして、かろうじてその痕跡をうかがう…

卒業式雑感

次男の特別支援高等学校の卒業式に夫婦で出た。大学4年の長男に声をかけると意外にも、式に参加するという。そういえば、次男の中学の卒業式も、家族全員で参加したっけ。神妙に立つ次男を取り囲んで、かかわってくれた中学の先生たちが順番に声をかけてくれ…

イワツバメ乱舞

国道の高架下の暗がりを車で通り抜けるとき、ツバメの群れが自由自在に飛び回る姿が目に止まった。 近くでみたら、腰に白い帯が目立って、尾羽の短いイワツバメだろう。 彼らの巣は、川をまたぐコンクリート橋梁の下面でよく見かける。 本家のツバメより数週…

「演劇」覚書

例えば映画なら、ストーリーに反するような事物や撮影機材がスクリーンに映り込むことは、原則ありえないでしょう。しかし、演劇は、反ストーリー的な要素を排除できないし、むしろそういう不純物の現前が演劇の存在意義、立脚点ともいえるわけです。 演出家…

カササギのタクト

佐賀平野を住処とするカササギが、確か10年くらい前から、僕の家の近所でも見かけるようになり、今ではすっかり当たり前の鳥になった。ただし、黒白の扇が優雅に舞うような気品のある姿には、どこで出会っても見入ってしまう。朝自宅の玄関の、葉が落ちて…

猫とカラス

通勤では、森の峠道を走るから、タヌキが車に轢かれているのによく出くわす。そのつど、タヌキの家族のことや、魂の抜けた死体がしんと静かなことが、一瞬頭をかすめたりするが、それだけのことだ。 ところが今朝は、猫の礫死体があって、その頭の半分ほどを…

岡庭と吉本(再論)

どうだろうか。岡庭昇と吉本隆明は、その思想の骨格において、その批評の構えにおいて、似ているといえないだろうか。 そうでないという人は、考えてみてほしい。 詩人として出発し、影響力のある詩論を書き、ジャンルを超えて文学に精通し、その根底に独自…

ミロク様

ヒラトモ様の鎮座する里山の中腹で、ミロク様の石の祠にお参りして、お酒を供える。 先代の住職は、年に一度お経をあげていたそうだから、おそらく仏教の弥勒菩薩と関係があって、だから村の鎮守に集められることもなく、山中に取り残されたのだろう。 祠に…

電柱のノスリ

バス停脇の電柱の上に、一見、電線の設備の一部みたいに白っぽい大きな鳥がじっと止まっている。尾が短くダルマのように丸い鷹、ノスリだ。以前、ダムの上空で凧のようにホバリングしたり、森の樹上に止まる姿は見ていたが、人家の近くは初めてだ。人や車を…

カワラヒワ

高い木の枝のてっぺんで、春の気配に弱くさえずるカワラヒワを見つける。スズメみたいな小さなシルエットだけど、日差しを受けて、意外なほど鮮やかなグリーン。

メディア戦略

岡庭と吉本⑧ 吉本隆明は、雑誌「試行」を主宰するとともに、数多くの講演に出向いて、読者と直接向き合った。 岡庭昇も、雑誌「同時代批評」の編集・発行を行い、定期的な連続シンポジウムを開催した。また自著の出版を自から手がけた。

都会のシロハラ 田舎のシロハラ

田舎に住むシロハラは、とても用心深い。人影を見つけた途端、一直線に飛び去ってしまう。かつて、ツグミとともに猟の対象だったなごりだろうか。人波が絶えない都会の公園で、歩道わきで平然と餌をついばむシロハラを見て、驚いたことがある。冬に渡って来…

アマチュアイズム

岡庭と吉本⑦ 吉本隆明は、アカデミズムの外で独自の知を生み出して、在野の評論家一本で生活した稀な存在だった。 一方、岡庭昇も、テレビ局職員という、多忙で花形の職業をこなしながら、余技でない独立の評論活動を貫いた点で比類がない。

ハクセキレイ

歩道の脇の空き地で、妻の投げるお菓子のかけらをトコトコ走り回ってひろっていた。河原などに住み、長い尾羽を上下に振り続ける姿から、イシタタキと呼ばれた彼ら。街中のアスファルトの上を好むのはわかるが、この人懐っこさはどこから来ているのだろう?

介護職員研修

特別支援学校の高等部を、次男がこの春卒業する。なんとか希望通りに、老人介護施設に就職できそうで、来週から、資格取得の講座に通うことになった。 下見のために、会場になる大学に通う道を夫婦と次男で歩く。短期間でも大学に通えるので、彼も気合いが入…

罵詈雑言

岡庭と吉本⑥ 吉本隆明は、論敵に対して、レッテル貼りや決めつけなどして、激しい口調で罵倒することもいとわなかった。それに拍手喝采する向きもあったようだ。 岡庭昇は、吉本の罵倒の被害者でもあったのだが、全方位に向けた「徹底粉砕」では負けていなか…

宗教論

岡庭と吉本⑤ 吉本隆明は、キリスト教や仏教を広く論じて宗教論集成を出版しているが、90年代には、オウム真理教の麻原彰晃を擁護する発言で物議をかもした。 岡庭昇は、メディア批判や社会批判の一方、創価学会を擁護する立場を明らかにし、池田大作を論じ…

ポストモダン

岡庭と吉本④ 吉本隆明は、オイルショック以後の社会の変化を受けて、批評のスタンスを変更した。『マスイメージ論』で大衆文化を論じ、先進国が「超資本主義」へ入った時代を独自の視点でとらえるようになる。 同じころ、岡庭昇も狭義の文芸評論の枠組みから…

ヤドリギ

散歩の途中、遺跡公園の落葉樹の高い枝に、そこだけ丸く葉が残ったところがあるのに気づいた。直径50センチばかりの球状に黄色い葉が茂っている。 鳥の巣だろうか。後で知人が、ヤドリギだと教えてくれた。古代から神聖視され、人類学の古典『金枝篇』の金…

世界文学

岡庭と吉本③ 吉本は、古典や詩歌から、近現代また国内外の文学を、普遍的な相で論じることができた。 岡庭昇もまた、漱石から戦後の諸作家、近現代の諸詩人だけでなく、例えばフォークナー論を一冊にまとめるなど外国文学についても、一貫した視座から論じて…

言語思想

岡庭と吉本② 吉本隆明の思想の根底には、『言語美』等で展開される、言葉や観念に対する原理的な把握があることは、よく知られている。 一方、岡庭昇にも、「規範言語論」とも呼ぶべき、言葉と観念をめぐる本質的な理解があって、それが、詩論、文学論、メデ…

シロハラ

職場の窓の外の林で、暗灰色のシロハラがしきりに落ち葉をひっくり返して、餌を探している。正面を向くと、暗がりの中で、腹の白さが妙に目立つ瞬間がある。 なるほどシロハラだな、と和名の由来に感心した。

詩と詩論

岡庭と吉本① 吉本隆明は詩人であり、詩についても多く論じている。前の世代の戦争詩を批判したり、70年代には、同時代の詩を「修辞的現在」として総括したりもした。 岡庭昇も、詩人として出発し、2冊の詩集と2冊の詩論を編んでいる。「芸の論理」による…

青い鳥三羽

シモノハラ池のふちで、ルリビタキを見つける。頭も羽もちょっとくすんだような青だが、脇のオレンジ色と、白い眉がかわいい。 小川の水面ギリギリをカワセミが真っ直ぐに飛ぶ。背中の縦の青いラインを日に輝かせて。 遠くの民家の屋根で、イソヒヨドリが庭…

数珠と呪術

長男が友達にしたという笑い話。 夜、リビングに入ると、母親が大好きな心霊番組を見ていたのだが、その姿というのが、画面に向かい、数珠を握って拝んでいたというのだ。 そして、こちらは少し怖い話。 長男が彼女を家に泊めてしばらくの間、邪気を払うため…

初詣

戦中派の父にとって、天皇制と神道は不倶戴天の敵だったのだろう。我が家では、初詣に行く習慣すらなかった。 そのせいか僕は今でも、本心から何かに祈ることができない。 博多の街で神仏に囲まれて育った妻と暮らして、そう思う。

岡庭と吉本

岡庭昇を読み直すときに、吉本隆明の軌跡を参照軸にすることもできるだろう。それぞれの読者からは異論があるだろうが、両者には意外に多くの共通点がある。 一知半解を承知で、その共通点を挙げていく。狙いは、「戦後思想の巨人」に照らして、岡庭昇の仕事…

父の遺影

無神論の家風のせいで、帰省しても取ってつけたような仏壇に手を合わせることもしなくなった。 家を出て30年、父が死んで10年。 母と姉が選んだ、とびきりの笑顔の父の写真を見上げて、はじめて自然に言葉がかけられるように思えた。

遥拝説発見!

「江戸っ子は、富士塚に登拝して、富士山登拝と同じ現世利益が得られると喜び、塚の頂上から富士山を遥拝した」『富士山文化』竹谷靱負より

歯車

急に視界の中心が盲点のように見にくくなり、視野の左側上部でさざなみが立つようにチラチラしだすが、今回はそれが広がらないうちに収まった。 閃輝暗点だろう。芥川龍之介が自殺の年に『歯車』で描いた症状だ。 ただし僕の場合、どちらの目にも同じ形で、…