大井川通信

大井川あたりの事ども

大井川歩き

大井炭鉱跡とミロク様に詣でる

ひろちゃんの娘さんと待ち合わせて、大井炭鉱跡を案内する。昼前には小雨がぱらついて、怪しい雲行きだ。一人では心細くて、とても荒れた里山には入れないだろう。 娘さんはひろちゃんから鍛えられているだけあって、荒れ果てた竹やぶも急な斜面もスタスタと…

ひろちゃんとため池

大井のひろちゃんの家に夫婦で年始の挨拶にうかがう。ひろちゃんは、庭で小魚や野菜を干す作業をしていた。体調を崩していると聞いていたが、思ったより元気そうで安心する。 ひろちゃんは昭和16年生まれで、大井川歩きでは、僕の師匠のような人だ。もう5年…

平知様と「知盛の最期」

平知様(ヒラトモサマ)は、大井川歩きの聖地にして原点だから、初詣を欠かすわけにはいかない。里山のふもとまで車で移動し、足をいたわりつつ標高120メートルの頂上を目指す。途中、倒れた竹を押し分けながら、前に進む。この荒れ方では、今後は参拝も難し…

自転車で初詣

歩きを控えなければいけないので、自転車で初詣に出かける。 和歌神社、水神様、大井始まった山伏様にお参りして、村はずれの観音堂と大クスに挨拶しているときに、町内放送が鳴る。和歌神社の新年会の参加の呼びかけだ。 宗像大社までの車道には、すでに車…

語り部として

年末のファミレスで、友人と4時間ばかり議論をする。経験やフィールドは違っているけれども、なぜか問題意識や感覚がそっくりな友人なので、ずいぶんと頭の中が整理できた。 僕はある旧村の里山に開発された団地に転居してきた。土地とのかかわりは偶然だっ…

試練はつづくよ どこまでも

今年の3月には左ひざ、8月には右足首を痛めて、整形外科に駆け込んだ。軽いぎっくり腰や首のねちがえで整骨院に頼るのは定期的なことだが、足の痛みで歩けなくなるのは今までなかった気がする。 10日ばかり前に数日間集中的に歩いたあとに同じ左ひざが痛く…

自分が歩く範囲に責任をもつ

自宅から、歩いて帰れる範囲を自分のフィールドとする。フィールド内の自然も歴史も出来事も、全て自分の責任の範囲内と考える。これが、僕の大井川歩きの原則である。それなりの経緯があってたどり着いた方法論なので、自分なりには確信があるから、機会が…

イソシギと赤い実

日曜日の晴れた朝、久しぶりに大井川べりを歩く。狭い川底に、おしりを上限に振りながら歩いている地味な鳥がいる。尾羽は短く、まるっこい。イソシギだ。何年も前からこのあたりで見かける。 小さな橋を渡って、村の賢人原田さんの住まう古民家カフェへ。賢…

赤松と黒松

昔、知人から、赤松と黒松の松葉の見分け方を教えてもらったことがある。そのときは、樹木にも、まして松葉には特に関心がなかったので、そんなものかと聞き流していた。 大井川歩きを始めて、地元を意識するようになった。今の地元は、海沿いなので、黒松が…

クロスミ様とアミダ様

久しぶりに、クロスミ様にお参りしようと思って、朝一番で近所の里山を目指す。数年前に、ミカン畑がソーラー発電に変わってしまってから、山道にトラックが入らなくなってしまったために雑草が道を覆い隠している。イノシシもこわい。あえなく断念して降り…

とあるブックカフェで

近在の集落に面白いブックカフェがあると聞いたので、訪ねてみた。真新しい住宅街に囲まれて、ひっそりと鎮守の森と集落が連なる路地がある。その突当りに、蔵を改装したカフェがあった。 ご主人と奥さんが、主に休日に開いていて、お茶を飲みながら、棚に並…

榜示(ぼうじ)とクスの木

ようやく涼しい日が続くようになってきた。今年は、7月から連日の猛暑が続き、8月のお盆がすぎても、暑さが手をゆるめなかった。35度超が当たり前だった。足首を痛めるというアクシデントも加わり、しばらく歩いていなかったのだが、今朝久しぶりに、住…

千灯明と「がめの葉饅頭」

ハツヨさんの故郷、平等寺の地蔵堂で千灯明があると聞いたので、かけつける。まだ明るかったので、ハツヨさんの生家の脇の路地を上り、高台のため池ごしに、ミロク山の姿に手をあわせる。僕は、この村を舞台にしてハツヨさんの生い立ちを絵本にするつもりだ…

ムジナが落とした物語がひょっこり別所に届けられる(貉の生態研究⑥)

【物語の誤配/交配】 大井村の力丸家の由来を描いた絵本「大井始まった山伏」は、その唯一の伝承者睦子さんの病床に届けることができた。枕元で絵本を読み上げると、苦しい息の下で、物語の展開の創作に喜んでいただける。 平知様の物語は、紙芝居となって…

ムジナの霊が現れて今いるムジナに舞いを教える(貉の生態研究⑤)

【身振りの模倣】 70年以上前、大井の村人がおこなったという戦勝祈願にならって、古式にのっとり(この時ばかりは)自転車に乗って、和歌神社、摩利支天、宮地嶽神社、金毘羅様、田島様と「五社参り」を敢行する。 かつての木剣の代わりに「木の根」が献納…

ムジナが物語をくわえて方々に走り出す(貉の生態研究④)

【虚構の介入】 かつて北九州枝光での演劇ワークショップで、演出家の多田淳之介さんは、参加者に地元の事物をネタに寸劇を作らせて、それを実際に上演することで、鮮やかに「虚構」を地域の歴史につなげてみせた。自ら何年も枝光の盆踊りに飛入り参加し続け…

ムジナがうろつく土地が意味にみちてくる(貉の生態研究③)

【フィールドの情報化】 寺社やホコラ、ため池、アパートなど土地のさまざまなモノは、それぞれの歴史をもつ。それぞれの歴史は、それに立ち会う生き証人をもつ。あるいは多少の記録をもつ。町角やあぜ道でよろよろと歩きながら登場するお年寄りたちは、個人…

夜ごと少女のようにムジナが手記をしたためる(貉の生態研究②)

【妄想による通信】 まずは歩きながら観察したものや体験した出来事などを、大井川通信という短いレポートにまとめて、遠方の知人あてにせっせと郵送することにした。すると、土地にはりつくように歩いている自分の姿を、いくらかでも客観視できるようになっ…

ムジナが町と山野をうろつき回る(貉の生態研究①)

【歩行の開始】 地元で歩き始めたばかりのとき、地域を一方的に観察する側に立つのはおかしい、という批判を受けた。それは観察対象からの収奪につながり、その土地に生きる人たちに受け入れられることはないだろうと。 その時は、自宅から歩いて行って帰る…

十力の謎

今ではほとんど使われなくなってしまった村の小字の地名には、不思議なものが多い。いくら眺めても、口でいってみても、よくわからない。地元の小字名で、唯一自分で解明できたと思えるのが、十力(じゅうりき)だ。 大井の中でも古くからある集落で、江戸時…

再び路上へ

台風のあと、梅雨前線による大雨が降り、朝晩は肌寒さを感じるような日が続いた。今朝は久しぶりに晴れ上がり、気温も上がるという予報だったので、日差しが強くなる前に家を出た。この夏初めてのクマゼミの声が聞こえる。 よく、ストリートだとか、路上だと…

冬の麦の根は地獄の底まで伸びている

大井川歩きなどと称して農耕地を歩くことも多いが、実は農業については何も知らない。そもそも自然の中でも、鳥や虫に比べて、植物の知識はまったく乏しいのだ。子どもの頃、小学館の学習図鑑でいろいろな知識を仕入れたけれども、植物の図鑑だけはなんとな…

石炭ケーブルカー

「よいことを聞かれた」と、ハツヨさんの口ぶりがいっそう元気になる。僕がふと思いついて、石炭を運ぶケーブルカーのことを知らないか尋ねてみたときだ。 隣村からの往還(道)の上を、ケーブルカーが通っていて、その車輪がぐるぐる回っていたそうだ。石炭…

盆うた

日当たりのいい庭で、みんなで話を聞いていると、103歳のハツヨさんは突然、思い出したという風に手をたたいて、ゆっくりと盆おどりの歌をうたいだす。 ハツヨさんは、村では歌姫と呼ばれて、盆踊りの歌い手としてかかせなかったそうだ。他の娘さんたちで…

大井川歩きのこと

お年寄りは時間と空間の見当を失いがちになる、という村瀬孝生さんの言葉を聞いてから、ずっとそのことが気になっている。 僕が、大井川歩きのルールを決めたのは、4年前のことだ。自宅から、歩いて帰ってくることのできる範囲を、特別な自分のフィールドと…

老人ホーム「ひさの」を訪ねる

大井炭鉱坑口にお参りしたあと、下流の隣村まで足を伸ばす。ゆったりとして明るい集落の旧家で、住宅型有料老人ホーム「ひさの」をしている田中さんを訪ねる。田中さんは、原田さんのお店で以前から顔見知りだけれども、ご自宅に伺うのは初めてだ。 田中さん…

大井炭鉱跡再訪

ようやく休日の晴天と体調がかみあって、双眼鏡を首にかけ、竹の杖をついて大井川に降りていく。氏神様と田んぼの真中の水神様に、しばらく足が遠のいていたことを詫びる。水神様の上空でホバリングして、ヒバリがせわしなく高鳴きをしている。そういえば、…

疎開の意味

戦争中の生活を描いた『夏の花』の連作を読むと、「疎開」にもいろいろな種類があることがわかる。そもそも、疎(まば)らに開く、だから、原義は軍事作戦用語で、集団行動している兵を散らして攻撃目標となるのを避けることのようだ。 主人公は、千葉から実…

大井川歩きで山城に登る

穏やかな日差しに誘われて、久しぶりに大井川歩き。天候やら用事やらで地元を歩くのはだいぶ間があいてしまった。歩くとまちがいなく楽しくいろいろ発見もあるので、これからはできるだけ毎週歩こうと、あらためて思った。 ダムで見慣れぬ大きな水鳥をみつけ…

ある訃報

石牟礼道子さんが亡くなった。水俣病を告発し支援し続けた作家として、地元の新聞では一面トップと社会面で特大の扱いをしている。僕は『苦海浄土』すら読んでいないし、高群逸子を扱ったシンポジウムで、上野千鶴子らと登壇している姿を見たことがあるくら…