大井川通信

大井川あたりの事ども

建築

『塔の思想』 マグダ・レヴェツ・アレクサンダー 1953

国立駅前の古書店で見つけて、古い本だが面白そうなので買ってみたが、当たりだった本。池井望の訳で、河出書房新社から1972年に出版されている。 余談だが、若いころは古本屋が大好きだったのだが、いつ頃からか、人の手垢のついた古い本というのがダメにな…

興国寺仏殿 福岡県福智町(禅宗様建築ノート2)

念願の禅宗様についての文章を書きはじめることができたので、地元では貴重な禅宗様仏殿に立ち寄ってみた。なだらかな傾斜地の奥の山懐にある曹洞宗の寺院で、なんど訪れてもロケーションはすばらしく、参拝の途上、伽藍を遠望できるのもいい。禅寺としての…

ニュータウンのアイデンティティ

郊外のリノベーションをめぐる連続講座で、今回は都市計画が専門の黒瀬武史さんの話を聞いた。デトロイトの住宅地の衰退と再生の試みの報告で、住宅地の衰退ぶりは驚くほどだが、一方再生のアイデアの大胆さにも驚かされた。 一つの都市をゼロから立ち上げて…

懸造は岩壁にはりつくバッタである

宇佐神宮から内陸に入ったところに院内という町があって、そこには町のいたるところに大小の石の眼鏡橋がかかっている。その町の山深い集落に、龍岩寺がある。僕はこの寺が好きで、若いころから何回もお参りしてきた。 狭い石段を登ると、小さなお寺の建物が…

古建築は大地にうずくまる甲虫である

普門院の境内に入ると、そこには不穏な空気が漂っていた。石灯籠は倒されて、池の水は干上がっている。本堂に上がる石段は、大きく波打っており、大樹の切り株ばかりが目立っていて、造成地のようなガサツな雰囲気になっている。 7月の九州北部豪雨のために…

泉福寺仏殿 大分県国東市(禅宗様建築ノート1)

今から30年ばかり前、国東半島をドライブして、泉福寺に立ち寄ったことがある。事前に情報はなかったのだが、思いがけず本格的な中世の禅宗様仏殿を見つけて、興奮して撮った写真が今でも何枚も残っている。熱心に観察する若者の姿が目に留まったのだろう、…

「日本の家」展で、家について考える

東京国立近代美術館で、「日本の家」展を見た。海外での展覧会の帰国展ということで、13のテーマ別に事例を取り上げているのは、わかりやすかった。「プロトタイプと大量生産」「閉鎖から解放へ」「家族を批評する」「さまざまな軽さ」「すきまの再構築」…

博多 東長寺にて

義母の墓参りで、博多にある東長寺にお参りする。空海が帰朝後に開いた最初の寺で、大学受験で「晴れむ(ハ・レ・ム)心で真言開宗」と覚えこんだ806年が創建の年だという。驚くような由緒だが、博多駅近くのビル街にあって、歴史を思い返すには不利な環境か…

倉敷と浦辺鎮太郎

倉敷は本当に面白い街だった。いわゆる美観地区という白壁の蔵と町家が連なる地域だけでなく、その周辺の街並みとの関係がとくに興味深い。 まずは美観地区の伝統建築の圧倒的な充実ぶりである。たいていこの手の街は、街道に沿って建物が一列あるだけだった…

備中国分寺 五重塔

バイパスを高速で走っていると、進行方向の田園風景の中に、五重の塔の小さなシルエットを見つけて、はっとした。その姿は、近づくにつれ魅力を増し、観る者の胸を高鳴らせる。 備中国分寺の五重の塔は、広々した田園の奥の高台にあって、周囲の木々から五層…

聖地巡礼(黒住・金光編)

黒住教の本部は、岡山市郊外にある。桃太郎で有名な吉備津神社に近い小高い山の上だ。中腹の駐車場に車をおいて、教団の施設の脇の石段を登っていくと、深い森の中に大きな神殿があった。多くの信者が集えるように内部は広く、縁と軒が大きく四方に張り出し…

佐藤武夫と幻の塔

佐藤武夫(1899-1972)は、母校早稲田大学の大隈講堂(1927)の設計で建築家の仕事を開始する。キャンパスの外に少し斜めに構えて建つ講堂と、その左端にそびえる大振りな時計塔。その非対称で明快な姿を僕は気に入っていた。地元の県立美術館も彼の設計で…

新米建築士の教科書 飯塚豊 2017

著者は、「建築士になるための勉強」の機会はあっても、「一人前の建築士として食っていくための勉強」については、テキストもなく学ぶ方法もなかったという。大学では実務に役立つことは教えないし、会社では実務の中で長い時間をかけて身に着けることが要…

日本建築の特質と心 枝川裕一郎 2017

全体ありき、ではなく「部分から全体へ」という考え方を基礎にして展開される日本建築の特質を、実例をあげながら説明する。 それを Japanese Identities として日本文化論と直結させるところはやや単純化のきらいがあるが、諸特質の列挙は網羅的で、「自然…