大井川通信

大井川あたりの事ども

思索ノート

作文的思考と同和問題(その2)

イデオロギー批判とか、自己欺瞞の指摘とか、抽象的に言ってもわかりにくいだろう。具体的にはこういうことだ。 大学生の僕は、差別ということの大元が、「ひとくくり」であることに気づいた。ひとくくりにしてしまうから、どんな切り捨ても不当な扱いも可能…

作文的思考と同和問題

社会人となってから、僕は東京から地方へ転居した。地方には、東京では見えなった被差別部落の解放運動があって、偶然のきっかけから、同和教育の運動とかかわるようになった。 そこでの経験を通じて、僕はかなりのエネルギーを使って、多くの作文を書いたけ…

作文的思考と「障害者」の運動

大学時代、岡庭昇を読んで自分なりの作文を書き始めた頃、地元の地域での運動にかかわった。きっかけは、成人式の自主開催を求めるみたいな集まりだったけれども、会場として使った公民館で、「障害」を持った人たちと出会うことになった。 公民館の青年学級…

ブログ的思考

ブログを書き始めて9か月ほど経ってから、毎日の記事を(多少おくれながらも)かならず書くようになった。それからもう3年目に入っている。 毎日書くと、どうしても下手な記事も交じってしまう。しかし、間隔を開けたところで、つまらない記事を書いてしまう…

作文的思考(続き)

4年くらい前のことだ。安部さんとやっていた勉強会で、「作文的思考」というテーマで報告をした。そのレジュメの初めの文章。 「安部さんから不意に、僕が昔書いた文章について切り出された。どんなものであれ書くことによって思考は紡がれるし、いったん刻…

作文的思考

僕は、以前から、自分が書いているものが「作文」であると考えてきた。学校の授業で書かされた、あれだ。源流をたどれば「生活つづり方」みたいなものになるのだろうけれども、ふつうに作文というのがしっくりくる。 学校の授業で、作文がとくに得意だったわ…

自覚のない労働者なんて、労働者だと言えませんよ

50年くらい前の、ハンディサイズの古い文学全集の一冊を200円で買って、椎名鱗三をぼちぼち読んでいる。僕は本に関してだけ、妙に潔癖症で、本当は古本は苦手だ。しかし、この本は、初めてページを開く感触があったから、誰も開いたことのない本だったのだろ…

カーブのむこう

五日ばかり空いてしまったが、「○○のむこう」シリーズの第三弾。安部公房の1966年の短編『カーブの向う』から。 坂道を上っている勤め人風の男がふと、カーブした坂道の先、丘の上がどんな世界につながっているのかわからなくなり、足が止まってしまう。坂を…

「方舟大井丸」の出航(その2)

旧大井村で住宅街の向かいにある里山には開発の手は及んでいないが、小説の「ひばりケ丘」と同様、ミカン畑が目立っている。しかし今では採算がとれず、太陽光発電のソーラーパネルに置き換わりつつある。 しかし、この里山の地下には、かつての大井炭坑の坑…

「方舟大井丸」の出航(その1)

安部公房の『方舟さくら丸』を、ニュータウンと呼ばれる郊外の成立のからくりを描いた小説として読んでみた。ニュータウンが抱え込む闇の部分をいちはやく取り出しているからこそ、ニュータウンがオールドタウンと化して様々な問題が噴出している今でも、い…

仏教書とビジネス書

仕事や日常生活で使う必要がなかったせいか、今に至るまで英語がまったくものになっていない。ときどき学習しなおすといっても、受験英語の焼き直しにすぎない。やさしい小説を読もうとしても、三日坊主で終わっていた。 それでしばらく前に、いい勉強法を思…

カウンセリングを受ける

機会があって、カウンセリングを受けてみた。特に大きな悩みや生きづらさを感じていたわけではなくて、偶然、そういう機会が舞い込んできたからだ。 日頃自分自身には、不思議だとか変だとか思うことが少なくはないのだが、なんとか自己解決してここまで生き…

共通一次とセンター試験(その2)

ところで、年齢を重ねることのもう一つのメリットは、敗者復活のチャンスが必ずめぐってくるということだ。かなわなかった夢が実現する機会がひそかに訪れるということである。 昨年には、子ども時代からの夢である宮大工の真似事をする機会に恵まれたし、高…

共通一次とセンター試験

年齢を重ねることのメリットの一つは、たんなる思い出話が「歴史的証言」になることだ。若い人が数年前のことを話せば、それはたんなる個人の感想にすぎないだろう。しかし、50年前に新発売のトミカのミニカーを購入したという話なら、ちょっとした歴史的な…

諦めと手遊び

何度か触れてきたけれども、僕の実家は、伯父の家の敷地の奥にあって、家の大きさだけでなく、その暮らしぶりにも経済的な格差があった。それだけでなく、自分たちの立場がやや不安定であることにも、小さい時からうすうす気づいていたのだと思う。 似たもの…

大学に入学した年

安部文範さんと折尾のブックバーに行く。 マスターが、安部さんと同じ大学の文学部の後輩とわかって、大学の入学年が話題になった。安部さんは、1969年の入学で、学生運動のただ中に足を踏み入れた世代だ。当時は、一年、二年の入学時期の差で、入学後の運命…

僕たちの「リロケーションギャップ」

僕の姉は、20代で実家を出てから、30年以上毎週のように実家に通い続けた。特に両親が老いて病身になってからは、彼らの支えになっていたし、二年前に母親が家を出たあとも、毎週末、家の管理をしに出向いていた。 母親が亡くなって、空き家になった自宅…

僕が『生まれる』ときには

生と死は、対の言葉としてよく使われる。でも、生の反対語は、はたして死なのだろうか。いやそうじゃない。生の反対は、「生まれなかったこと」ではないのか。 ある哲学者がそんなことを言っていた。哲学者の言葉というのはたいてい、当たり前にわかっている…

『歩く』は『食べる』に匹敵するほど『生きること』に通じている

村瀬孝生さんの『ぼけてもいいよ』からの言葉。 93歳を迎えたトメさんは、実際は数十キロも離れたところにある自宅に帰ろうとして、不自由な身体をおして出発する。わずかの距離を30分かけて歩いて、力尽きてすわりこむ。村瀬さんは、そんな彼女の「歩く」に…

猫と私と、生まれなかった兄と

休日の昼間に、通信教育で四教科の試験を受けた。ネットで該当のページを開いて待機していると、指定の時間に問題文が見られるようになり、50分で回答を作成する。便利な世の中になったが、本当に久しぶりの試験で、だいぶ消耗してしまった。 と同時に、頭…

ある講演会にて

出口治明氏(1948-)の講演会を聞く。ビジネスマン出身の読書家で現大学総長という肩書は、ちょっと敬遠したいタイプではあるが、話は明快で面白かった。いかにも実社会で練れた人柄にも好感を持てた。 この30年間の日本の衰退は、新しい産業を起こすことが…

ごちゃごちゃになる

新しい猫の九太郎が我が家にやってきてしばらくは、九ちゃんのことを、前の猫の名前八ちゃんと呼んでいることが多かった。そのうち、九ちゃんと呼んだり、八ちゃんと呼んだり、ごちゃごちゃになってしまう。さすがに今では、九ちゃんに統一されてきたようだ…

『急に具合が悪くなる』 宮野真生子・磯野真穂 2019

ガンで死に直面した哲学者と友人の文化人類学者との往復書簡。読書会の課題図書として読んだのだが、僕には、とても読み進めるのが難しい本だった。 細かい違和感は多くあるのだが、その大本を探っていくと、次の二点に突き当たる。 一点目は、礒野さんの書…

触るということ

知り合いの老人介護施設を訪ねたりしたとき、少しドキッとしてしまうのは、職員さんとお年寄りが、ごく自然に身体をふれあっているのを見たときだ。ちょっと見てはいけないようなものを見てしまったような気さえする。 これはおそらく、人間同士がふれあうこ…

声について

以前、授業名人と呼ばれる小学校の先生の授業を見学したことがあるのだが、そこで先生が、様々なキャラクターを使い分けて授業をしている姿に驚いた。こわもてのキャラ。威厳のあるキャラ。面白いキャラ。内気なキャラ。そうした変化を演出しているのは、身…

(自分の子どもに)あなたはどなたですか?

ぼけて、自分の子どものことがわからなくなったお年寄りの話を聞くことがある。僕の妻の母親も、病院に入ったとき、面会にいった妻のことがわからなくなったときがあって、妻もショックを受けていた。 人間にとって、一番身近で大切なのは親子関係だろう。そ…