大井川通信

大井川あたりの事ども

批評

『新哲学入門』 廣松渉 1988

5月22日は廣松渉の命日だから、追悼の気持ちで、さっと読み通せそうな新書版の入門書を手に取った。欄外のメモをみると、以前に三回読んでいる。今回は、20年ぶりの四回目の読書となった。 廣松さんは、僕が若いころ、唯一熱心に読んだ哲学者だ。他の有…

『張込み』 松本清張 1955

新潮文庫の短編集『張込み』を読む。1950年代後半に発表された推理小説を収めたものだが、今から見ると、全体的に、小説としては構成が平凡だったり、トリックや謎解きが不自然だったりして、やや魅力に乏しく思える。 それでは何が面白いのかというと、終戦…

『現代思想のキイ・ワード』 今村仁司 1985

5月5日は恩師の今村先生の命日なので、追悼で何か読もうとして、一番手軽そうな新書を手にとってみた。社会人2年目に出版と同時に読んでから、読み通すのはおそらく30数年ぶりになる。しかし、手軽と思ったのは大間違いだった。 当時流行していた「現代…

『目羅博士』 江戸川乱歩 1931

読書会で乱歩の作品を読んでいる時、隣の席の若い女性の参加者が、『目羅博士』が好きだと言った。『目羅博士』は、かつて僕も、乱歩の短編の中で一番好きだった。読み直してみると、少しも色あせてなくて、嬉しかった。ごく短いものだが、構成も内容も文体…

『五日市憲法』 新井勝紘 2018

気づくと、憲法記念日だ。『五日市憲法』に関する新刊を買っていたので、読み通してみた。面白かった。五日市憲法については、学校で習った記憶がある。今では、小学校の社会科の教科書にも取り上げられている。 著者は、東京国分寺の東京経済大学で、色川大…

「まつのひと」 鈴木淳 2018(第13回津屋崎現代美術展)

旧玉乃井旅館での現代美術展を、黄金週間で帰省中の長男とのぞいてみる。駆け足で観るなかで、鈴木淳さんの作品が心をとらえた。 鈴木さんは以前、神社を舞台にしたプロジェクトで、石柱などに刻まれた寄進者の名前から、その人のことを調べて、その場に掲示…

『木馬は廻る』 江戸川乱歩 1926

読書会で、この作品の入った短編集(創元推理文庫『人でなしの恋』)を読む。 浅草木馬館(メリーゴーランド)の初老のラッパ吹きが主人公。貧しく気苦労の多い家庭生活と、木馬館での仕事に打ち込む自負心。同僚の切符切りの娘への愛情にひと時の慰安を得て…

『壁』 安部公房 1951

たぶん高校生の頃読んで、惹きつけられた作品。およそ40ぶりに再読しても、古びた印象はなかった。なにより、終戦後5、6年という時期に、『飢餓同盟』よりも早く書かれていたという事実に驚く。 同時代を舞台にしていながら、近未来的というか、無時間的…

『だるまちゃんとかまどんちゃん』 加古里子 2018

加古里子(1926-)が50年にわたって書き継いでいるだるまちゃんシリーズの最新作3冊の内の一つ。僕自身の幼児期にはまだ書かれていなかったが、息子たち二人はまちがいなくお世話になった。 だるまちゃんの不思議な友達は、火の守り神「かまど神」をモチ…

『潰れかけたホテル・旅館を半年で再生する方法』 中山永次郎 2013

以前、仕事で使った本。必要があって、ざっと再読してみた。 トルストイの小説に、「幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」という有名な言葉がある。しかし、著者によると、全国の行き詰っているホテル・旅館…

読書会三昧

大学の頃からの延長で、ずっと読書会というものにかかわってきた。友人や職場の同僚を誘って主宰したり、既存の会に申し込んで参加したりした。もし読書会がなかったら、社会人になってから勉強を継続することはできなかっただろう。その恩恵は感じる一方、…

『夏の花』 原民喜 1947

『夏の花』三部作といわれる「壊滅への序曲」「夏の花」「廃墟から」の三作を収録した集英社文庫で読む。 「壊滅への序曲」は、前年に妻を亡くして実家に疎開してきてから、原爆投下の直前までの様子を描く。時期的には最後に書かれたものらしく、作者をモデ…

山本健吉の『現代俳句』

昨年の夏ぐらいから少しずつ読んで、ようやく読了した。もとは1952、53年に出版されていて、学生時代に愛読していたのは、1964年の角川文庫版。今回は、1998年の角川選書版の『定本 現代俳句』を読み通した。 ちょくちょく拾い読みをして、面白いと思いなが…

『別れのワルツ』 ミラン・クンデラ 1973

読書会の課題図書なので、さっと読んでみる。 個性的な人物同士が、せまい温泉町の五日間に、饒舌に自己を語りながら運命的にからみあう、という小説。いかにも作り物めいた虚構の世界にぐいぐい引き込まれるのは、登場人物がそれぞれ、人間の本質の「典型」…

『お目出たき人』 武者小路実篤 1911

武者小路実篤(1885-1976)の二十代半ばの作品。付録として五つの小品を収録した出版当時と同じ内容で、新潮文庫に収められている。 手記の形をとった一人称の文体だが、実にストレートで主人公の思いを自在に、くもりなく語っている。今読んでも、少し言葉…

『認知症をつくっているのは誰なのか』 村瀬孝生・東田勉 2016

二年前、「よりあいの森」を見学した時、買った本。ようやく読了した。村瀬さんの講演を聞いたばかりでもあり、本の内容は、頭にしみ込むようによく了解できた。 この本を読むと、介護の問題や認知症の問題、薬害の問題がよくわかるし、それが相当に良くない…

『箱男』 安部公房 1973

学生の頃読んだときは、初期の作品が好きだったこともあって、よくわからないという印象だった。今回は、興味をもって読み通すことができた。 手記やエピソードの断片をつなげた形になっているのだが、読み進めることで、断片が組み合わさって、明確な物語の…

『「新しき村」の百年』 前田速夫 2017

武者小路実篤、白樺派、新しき村という言葉は、文学史の知識として頭に入ってはいた。しかし、新しき村が埼玉と宮崎に現存していて、今年創立百年を迎える、という事実には驚いた。この本は、武者小路実篤の人と思想、新しき村をつくった経緯、その後の歴史…

『消えた2ページ』寺村輝夫・中村宏(絵)1970

小学生時代に学校の図書室で読んだ物語。劣等生の友太は、妹に読んであげた童話「逃げだせ王さま」から抜けていた2ページを探すうちに、その童話の世界に迷い込んでしまう。町はずれの横穴や夜の電車が、異界への入り口となる展開は巧みだ。そこでは、わが…

中村宏と安部公房

安部公房の『飢餓同盟』を読みながら、中村宏(1932-)の初期の頃の絵を連想したので、久しぶりに画集をとりだしてみた。小説では、田舎町を舞台にして、動物めいたグロテスクな人物たちがうごめいて、革命や闘争が奇怪で生々しい展開を見せる。 この小説が…

『飢餓同盟』 安部公房 1954

読みながら、違和感を持ち続けていた。「同盟」という政治運動のグループ(党派)の問題を扱っているのだから、おそらく60年代後半の作品とかってに思い込んでいたのだ。それにしては様子が変だ。実際には、終戦後まだ9年という時期に出版された小説だっ…

『人間そっくり』 安部公房 1967

50年ほど前に書かれた本。20年ばかり前に文庫本を買って、そのまま書棚の奥に放置されていた。どういうきっかけで購入したのかまるで覚えていない。おそらくたくさん未読の本とともに、このまま打ち捨てられる運命にあったはずなのに、なぜか読まれてし…

『正しい本の読み方』 橋爪大三郎 2017

新刊の時には、手にとって買わなかった本だが、今回必要があって読むことになった。橋爪大三郎の本だから、もちろん間違ったところなどなくて、広い視野から様々に示唆的なことが、わかりやすく書かれている。その内容は一目瞭然だ。 にもかかわらず、この現…

『クルマを捨ててこそ地方は蘇る』 藤井聡 2017

クルマ社会の問題点を、網羅的に、かんで含めるようにわかりやすく説いた本。視野の広さと分析のバランスの良さは、驚くほどだ。とくに地方都市において、人々のクルマ依存が、郊外化をもたらし、結果的に地域の劣化と人口流出をもたらすメカニズムを、あら…

戦後抒情詩の秀作-清水昶『夏のほとりで』

明けるのか明けぬのか/この宵闇に/だれがいったいわたしを起こした/やさしくうねる髪を夢に垂らし/ひきしまる肢体まぶしく/胎児より無心に眠っている恋人よ/ここは暗い母胎なのかもしれぬ/そんな懐かしい街の腹部で/どれほど刻(とき)がたったのか…

『稼ぐまちが地方を変える』 木下斉 2015

昨年から、地元のまちづくり関係のワークショップや話し合いの場に出るようにしている。そこで驚いたのが、若い不動産オーナーが、コミュニティやまちづくりの構想と実際の経営とを両立させていることだった。あるいは、古い空き家の再生や活用を、新たなマ…

『第七官界彷徨』 尾崎翠 1933

昨年初めて読んで、とても不思議な印象だった。その印象にひかれて、すこし丁寧に再読すると、不思議さの背後に大きな独自性と魅力がひかえているのに気づいた。 まず、その文体。「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一…

至高の抒情詩-三好達治『石のうへ』

あわれ花びらながれ/をみなごに花びらながれ/をみなごしめやかに語らひあゆみ/うららかの足音空にながれ/をりふしに瞳をあげて/翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり/み寺の甍みどりにうるほひ/庇々に/風鐸のすがたしづかなれれば/ひとりなる/わが身の…

芥川と凡兆

ミソサザイとの出会いから、野沢凡兆という俳人を思い出した。芭蕉の一門人である彼を、どうして知るようになったのか。すると、芥川龍之介のことに思い当った。大学の前半くらいまでは、僕は古風な文学少年だったので、地元の図書館で芥川や泉鏡花の全集な…

ゴーゴリ『死せる魂』を読む(その2)

第1部は、完成されて1842年に出版されたものだ。一方、第2部は、1852年の死の直前にゴーゴリが自ら原稿を焼却してしまったため、残った草稿やノートから復元したもので、分量も1部の半分程度である。未完だし、欠落や粗略も目立つ。しかし、通読して2部…