大井川通信

大井川あたりの事ども

批評

坂口安吾の短編を読む

読書会の課題図書で、岩波文庫の安吾の短編集を読む。以前柄谷行人が安吾の再評価をした時、評論を読んで、なるほど面白いと思っていた。しかし今小説を読むと、『風博士』『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』などの一部の特異な作風の作品をのぞいては、…

『ビルマ敗戦行記』 荒木進 1982

亡くなった父の蔵書には、文学書のほか、昭和史や戦争に関する記録が目立つ。実家をたたむので、僕も思い入れのある詩集などを持ち帰っていたのだが、今回ちょうど吉本論を読んでいたせいだろうか、戦争体験の手記が気になって、何冊かもちかえってみた。こ…

『絶滅の人類史』 更科功 2018

今、かなり売れている新書らしい。確かにくだけた比喩を使うなどして、かなりわかりやすく、目新しい学説を紹介している。しかし、実際には複雑な人類の進化史を踏まえているだけに、すんなり読み通せる内容ではなかった。 子どもの頃、図書館で人類史の本を…

『英国諜報員アシェンデン』 サマセット・モーム 1928

ちょうど一年前から、小説を読む読書会に参加するようになった。月に一冊とは言え、小説を手に取る機会をえたのは大きい。ついつい批評家気どりで、理屈をあれこれつけることに夢中になってしまうけれども、純粋に楽しんで読める作家にも出会うことができた…

名探偵登場!

エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』(1841)は、史上初めての推理小説であり、このジャンルにおける原型を作り出したといわれる。以下は、素人探偵のデュパンが、語り手を相手に謎解きをはじめる場面の描写。 「その間も、デュパン君は、依然と…

天邪鬼について

読書会の課題図書で、岩波文庫のエドガー・アラン・ポー(1809-1849)の短編集を読む。『黒猫』『天邪鬼』で展開されている「あまのじゃく論」が新鮮だ。これが他の諸短編を貫いており、全編「天邪鬼小説」として読めるのではないか。 新鮮さの由来は、天邪…

『少女不十分』 西尾維新 2011

はじめから逃げをうつようだが、西尾維新という作家も、彼が描く作品のジャンルも、ほとんど何もしらない。おそらくジャンルによる特有の約束事や、楽しみ方のようなものがあるのだろう。それだけでなく、巻末の作品リストや、帯でのコピーから判断するかぎ…

「当事者マウンティング」について(その3)

かなり以前のことになるが、ある「当事者」の運動において、差別葉書が連続して送付されて話題となったことがあった。同じ被害者のもとに届く差別葉書は何十通にも及んで、その内容はエスカレートしていく。被害者のことは運動の機関誌でとりあげられ、集会…

「当事者マウンティング」について(その2)

「当事者マウンティング」という造語について、それが、多数派であり、強者である「当事者」をターゲットにしているから、問題ないのではないか、ということを書いた。 たしかに、この言葉が、少数者であり、被差別者である「当事者」に対して使われる可能性…

「当事者マウンティング」について(その1)

たまたまネットで、「当事者マウンティング」という記事を読んで、しばらく考え込んでしまった。若いころ、この問題をめぐってずいぶん消耗した記憶があるからだ。 一読して、あるカテゴリーの当事者というくくりの中には、多様な要素がある。その差異性を抹…

『重版未定』 川崎昌平 2016

『労働者のための漫画の描き方教室』が、とても面白かったものだから、同じ作者の「本業」の漫画の本を読んでみた。『描き方教室』の方で、著者の実際の生活や思想を知っていたので、いっそう楽しく読めたと思う。背景のない単純な絵柄は同様だが、漫画とし…

『労働者のための漫画の描き方教室』 川崎昌平 2018

とてつもない奇書、というか快著である。今までに読んだどの本にも似ていない。似ているとしたら、白っぽい菓子箱か、弁当箱だろうか。 まず、題名。60年代の左翼運動の時代のにおいがする。しかし、著者はまるで党派的でない。原発反対の人間ならば、むしろ…

『ナンシー関の耳大全77』 武田砂鉄編 2018

面白かった。1993年から2002年の間に雑誌連載され、単行本化されたもののベストセレクションである。大部分が読んだ記憶のあるものだが、時代をおいてあらためてゆったりと活字を組んだ紙面で味わうと、彼女の絶妙ともいえる指摘やこだわりと、それを最小限…

『下流老人』 藤田孝典 2015

三年前のベストセラー。今回初めて読んできたのだが、出版後、この本が訴える情報について、ある程度一般化されてきたためか、ややインパクトが薄れるところがあったかもしれない。しかし、老人予備軍としては、いちいち身につまされて、いろいろ勉強になる…

人類の未来

ウェルズの『タイムマシン』を読む読書会で、「将来、人類の社会はどのようになっているか」という課題がでた。そんなことは全く考えたことがないけれども、話のタネになればいいので、ざっと考えて、次のように回答した。 ・2050年頃 世代間の対立。とくに…

燐寸(マッチ)の大冒険

読書会の課題図書で、ウェルズ(1866-1946)のSFの古典『タイムマシン』(1895)を読む。 タイムマシンを発明した主人公は、80万年後の世界へ行くが、そこは、地上に遊ぶ穏やかなイーロイ人と、地底で生産活動に従事する恐ろしいモーロック人という二種族が…

『弟子』 中島敦 1943

母親の法要で実家に帰省した時、亡くなった父親の書棚から借りて読んだ本。中島敦(1909-1942)の自筆原稿をそのままの大きさで復刻したもので、古い原稿用紙をそのまま読むような不思議な感覚を味わえた。父親は以前、代表作『李陵』の自筆原稿版も所有し…

二葉亭四迷のエッセイを読む

読書会で、二葉亭四迷(1864ー1909)の『平凡』を読んだ。岩波文庫には、表題作のほかに、エッセイの小品がいくつか収められているが、これも面白い。表題作のモチーフである文学批判を、ざっくばらんに語る中で、びっくりするくらい鋭い知性の輝きを見せて…

『現代社会はどこに向かうのか』 見田宗介 2018

自分自身が老境に近づくと、かつて親しんだ思想家たちもすいぶんと高齢になり、この世を去った人も多くなる。かつての若手すら、もう70代になっている。彼らの新しい著作を読むと、年齢という要素が大きいことに気づくようになった。思想家といえども、抽…

『タタール人の砂漠』 ブッツァーティ 1940

読書会の課題図書。ブッツァーティ(1906-1972)はイタリア人作家。カフカの再来とも言われるらしいが、ある辺境の砦をめぐる寓話的な作風で、とても面白かった。 主人公のドローゴは、士官学校を出たあと、辺境の砦に将校として配属になる。砦では、軍隊式…

『新哲学入門』 廣松渉 1988

5月22日は廣松渉の命日だから、追悼の気持ちで、さっと読み通せそうな新書版の入門書を手に取った。欄外のメモをみると、以前に三回読んでいる。今回は、20年ぶりの四回目の読書となった。 廣松さんは、僕が若いころ、唯一熱心に読んだ哲学者だ。他の有…

『張込み』 松本清張 1955

新潮文庫の短編集『張込み』を読む。1950年代後半に発表された推理小説を収めたものだが、今から見ると、全体的に、小説としては構成が平凡だったり、トリックや謎解きが不自然だったりして、やや魅力に乏しく思える。 それでは何が面白いのかというと、終戦…

『目羅博士』 江戸川乱歩 1931

読書会で乱歩の作品を読んでいる時、隣の席の若い女性の参加者が、『目羅博士』が好きだと言った。『目羅博士』は、かつて僕も、乱歩の短編の中で一番好きだった。読み直してみると、少しも色あせてなくて、嬉しかった。ごく短いものだが、構成も内容も文体…

『五日市憲法』 新井勝紘 2018

気づくと、憲法記念日だ。『五日市憲法』に関する新刊を買っていたので、読み通してみた。面白かった。五日市憲法については、学校で習った記憶がある。今では、小学校の社会科の教科書にも取り上げられている。 著者は、東京国分寺の東京経済大学で、色川大…

『木馬は廻る』 江戸川乱歩 1926

読書会で、この作品の入った短編集(創元推理文庫『人でなしの恋』)を読む。 浅草木馬館(メリーゴーランド)の初老のラッパ吹きが主人公。貧しく気苦労の多い家庭生活と、木馬館での仕事に打ち込む自負心。同僚の切符切りの娘への愛情にひと時の慰安を得て…

『壁』 安部公房 1951

たぶん高校生の頃読んで、惹きつけられた作品。およそ40ぶりに再読しても、古びた印象はなかった。なにより、終戦後5、6年という時期に、『飢餓同盟』よりも早く書かれていたという事実に驚く。 同時代を舞台にしていながら、近未来的というか、無時間的…

『だるまちゃんとかまどんちゃん』 加古里子 2018

加古里子(1926-)が50年にわたって書き継いでいるだるまちゃんシリーズの最新作3冊の内の一つ。僕自身の幼児期にはまだ書かれていなかったが、息子たち二人はまちがいなくお世話になった。 だるまちゃんの不思議な友達は、火の守り神「かまど神」をモチ…

『潰れかけたホテル・旅館を半年で再生する方法』 中山永次郎 2013

以前、仕事で使った本。必要があって、ざっと再読してみた。 トルストイの小説に、「幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」という有名な言葉がある。しかし、著者によると、全国の行き詰っているホテル・旅館…

読書会三昧

大学の頃からの延長で、ずっと読書会というものにかかわってきた。友人や職場の同僚を誘って主宰したり、既存の会に申し込んで参加したりした。もし読書会がなかったら、社会人になってから勉強を継続することはできなかっただろう。その恩恵は感じる一方、…

『夏の花』 原民喜 1947

『夏の花』三部作といわれる「壊滅への序曲」「夏の花」「廃墟から」の三作を収録した集英社文庫で読む。 「壊滅への序曲」は、前年に妻を亡くして実家に疎開してきてから、原爆投下の直前までの様子を描く。時期的には最後に書かれたものらしく、作者をモデ…