大井川通信

大井川あたりの事ども

批評

その後の樋口一葉

読書会で、樋口一葉(1872~1896)の短編の続きを考えるという課題がでた。一葉の小説を読むと、まず大人の世界がしっかり描かれていることに驚く。脇を固める市井の人たちが生き生きとして実に魅力的だ。 主人公の方は『にごりえ』のお力、『十三夜』のお関…

『敗者の想像力』 加藤典洋 2017

加藤典洋は、比喩の使い手だ。思ってもみないような比喩を持ち出し、作品や現実の意外な真実を引き出す。それが何年か前に、久しぶりに彼の本を手に取ったとき、その比喩の精度がずいぶん落ちたような印象を受けた。この新著でその印象は決定的になった。全…

『月と六ペンス』 サマセット・モーム 1919

読書会で『月と六ペンス』を読んだ。こういう機会がないと、確実に生涯読むことのない作品だ。モーム(1874~1965)が想像より現代に近い作家であること、とても面白い短編を書いていること、など知ることもできた。若い世代が中心の読書会なので、彼らの本…

『魔障ヶ岳』 諸星大二郎 2005

考古学者稗田礼二郎が活躍する漫画「妖怪ハンター」シリーズの一冊。出版当時読んだときは、ラッパーの教祖が出てきたり、旧石器ねつ造事件を話題にしたりと、ストーリーもとっちらかった感じで、あまりいい印象ではなかった。そう思ったのは、物語の中心に…

テッド・チャン その他の短編

『あなたの人生の物語』を含む短編集(2003 ハヤカワ文庫SF)について、再読に備えての覚書。一読後のメモのため、間違いや誤解を含む。 ◎『バビロンの塔』 バベルの塔が完成し、天に届いたという幻想的な設定を、天の表面を「掘りぬく」ために塔に登る鉱…

新宿思い出横丁と『永続敗戦論』

今回の帰省では、喜多方ラーメン坂内ばかり食べていた。立川店、有楽町店、そして新宿思い出横丁店。坂内は、とろけるようなチャーシューが特徴なのだが、カウンターだけの小さな思い出横丁店は、歯ごたえのあるチャーシューが、それも他店の倍くらい入って…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その3)

この小説を原作とする映画『メッセージ』(原題はArrival)をビデオで見た。原作と比較しながら見たために、純粋に映画自体に入り込めなかったかもしれない。普通に見ていたなら、上質なSFとしてもっと楽しめただろうと思う。 映像になると、異星人や彼らと…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その2)

主人公は、ヘプタポッドの文字群をマンダラのようだと述べている。前回書いたように、言語の形式的な特徴のみで未来をのぞくことは難しいとしても、この言語に宿る実質的な別の力によってそれが可能になるのではないだろうか。人類がもつもので、この言語に…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その1)

僕にはもう10年以上やっている少人数の勉強会がある。毎月開催が理想だが、何年もあいてしまったこともある。今のメンバーは、文学、映画、現代美術が専門のAさんと、映画など映像関係が専門で博覧強記のYさんと、三人でやっている。多少の批評好きという程…

『古代から来た未来人 折口信夫』 中沢新一 2008

地元の大井川の周辺を歩くと、まず目につくのは、平地に広がる田畑である。あるいは、里山に植林された針葉樹であったり、斜面に広がるミカン畑であったりする。大地や川や山は「物質」であり、それが育む稲や麦、果実は「生命」だ。集落には人々が住み、田…

『死者の書』折口信夫 1943

ある読書会で『死者の書』を読む。課題レポートを事前に提出するやり方は初めてだったが、とてもよく機能していた。読書会で起こりがちなのが、発言者と発言内容がかたよってしまうことだ。そして、悪貨は良貨を駆逐するの言葉どおり、本の内容から離れた世…

現代教養文庫のラインナップ

現代教養文庫は一風変わった文庫だった。文学と古典が中心だった老舗の文庫に対して、新書に入るような入門書や、単行本のような評論集、翻訳もの、変わり種の小説など、ごった煮のようなラインナップだった。社会思想社の文庫だから、社会科学系もそろって…

『やまとことばの人類学』 荒木博之 1983(中動態その6)

この本も『中動態の世界』への不満から、積読の蔵書から手にとったもの。その点でいえば、日本語が、ヨーロッパの言語と同様に能動対受動を根本的な対立としているかのような妄言を、完膚なきまでにたたきつぶしている。しかも、きわめて具体的に、そして平…

哲学者廣松渉の少年時代

本屋に行ったら、岩波文庫の新刊の棚に、廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が並んでいた。初めての文庫化ではないが、岩波文庫に入るのは古典として登録されたようでまた格別だ。廣松渉の逝去から、もう20数年が経つ。僕自身は、廣松さんの話を直接聞い…

『小さい林業で稼ぐコツ』農文協編 2017

農家の仕事なら、ふだん目にするから、なんとなく想像できる。林業となると、見当もつかなかったが、近所の里山に出入りするようになると、植林された林や、伐倒の跡など、林業の痕跡を意外に身近に見ることができた。しかし、今、山が荒れているとよく耳に…

『ビブリオ漫画文庫 』山田英夫編 2017

ちくま文庫所収の本をめぐる漫画アンソロジー。本をテーマにした漫画を集めると、結果として古本屋を舞台にしたものが多くなるのはなぜだろう。 先日、一箱古本市というものに初めて出店した。主催者が出店が少なくて困っているというので、実際は一箱ではな…

『西田幾多郎』 永井均 2006 (中動態その5)

少し前に『中動態の世界』を読んだときに、能動と受動の対立を当然の前提として議論を始めていたのがひどく乱暴な気がした。哲学はこの辺をもっと繊細にあつかっていたはずと思って、とりあえず心当たりを再読したのがこの本だ。 この本では、日本語的把握と…

旺文社文庫の箱

だいぶ前に発行をやめてしまったが、学生時代には、旺文社文庫が好きだった。文庫には珍しく箱入りの時代もあって、当時は古本屋の棚でそれを見かけることができた。箱がなくなったあとのカバーも、他の文庫とは違って一冊ごとに違うデザインで装丁されて明…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その4)

ずいぶん乱暴な感想を書いてきたが、最後にさらに身勝手な連想をつけくわえたい。 著者が、能動/中動という、行為の二類型を時間をさかのぼって取り出したのは刺激的だった。著者は、この対立概念は基本的に抑圧されたままだと結論づける。しかし、それでは…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その3)

ほんの少し前までは、つぶやく、というのは徹底して私的な行為だった。独り言を小石のように道端に投げ捨てる。言葉は、即座に砂利に紛れて消滅し,当の本人は、つぶやいたことなどすっかり忘れて、目的地へと急いでいる。行為者は、つぶやきという行為の外…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その2)

それでは著者は、中動態をどのように定義するのか。「主語が動詞によって示される過程の外/内のどちらにあるか」が、能動態と中動態との区別の基準だという。中動態は、主語(行為者)がある過程の内部にいることを示す、と。これは、あっけないほど簡単な…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その1)

昔からかかわっている読書会の課題図書として読む。よく売れていて、書評等でも評価は高いようだ。しかし、苦労して読んでみると、納得できなかったり、疑問を感じたりするところが多い本だった。たくさん考えさせられた、という意味では刺激的で得難い読書…

また身の下相談にお答えします 上野千鶴子 2017

上野さんが新しいフェミニズム論をひっさげて活躍していたころ、僕も若かったこともあって、だいぶ影響を受けた。冷戦終結の頃と思うが、社会主義がテーマの大きなシンポジウムで、壇上にいた大御所のいいだももが、フロアの上野に向けて「理論的挑戦をした…

槻田アンデパンダンー私たちのスクラップ&ビルド展 2017

僕の住む町から遠くない工業都市では、古い木造の市場を見かけることができる。アーケードのかかった商店街ではなくて、入口には市場の名称を掲げた木造校舎みたいな大きな構えの建物の中に、細い路地のように通路が走り、いろいろな店が並んでいる。今のシ…

『アジア辺境論 これが日本の生きる道』 内田樹 / 姜尚中 2017

内田樹の本を久しぶりに手に取った。 相変わらず、鮮やかな指摘(グローバル化で、自由という概念が「機動性」に改鋳された等)にうならされる一方、言葉の失速を感じる場面も多かった。 随分前、内田樹が中年過ぎて、学究と子育ての生活から論壇にさっそう…

ガクエン退屈男 永井豪 1971

子どもの頃読んで、忘れがたかった漫画。そう話したら、友人が貸してくれた。 1960年代後半の学生の反乱が、70年代に入り、あらゆる学校の広がり、教師が武器をとって学生を鎮圧し、学生ゲリラたちが解放のために戦う時代となる。文字通りの殺しあいであり、…

アメリカ人はどうしてああなのか テリー・イーグルトン 2017

原書は2013年にアメリカで出版、原題は『大西洋の反対から-ある英国人のアメリカ観』というちゃんとしたもの。著者はイギリスの高名な批評家だが、読んだのは初めてだ。 ここにくだけた調子で書かれている内容は、日本ではおそらく西欧文化論とかポストモダ…

観光客の哲学 東浩紀 2017

とてもいい本だった。 リベラリズム、ナショナリズム、グローバリズム、そして観光客。キーワードは少ないが、論述は驚くほどていねいだ。 数少ない精選された概念で世界のリアルな見取り図を描くという、言うは易く行うは難い現代思想の課題をあっさり果た…

「イエスの方舟」論 芹沢俊介 1985

報道された情報だけを使って、自らの解釈と思弁を強引に進めていく手法は読みにくいが、かつての批評のスタイルなのだろう。ただ前半で、家族(対幻想)の解体と変容という物差しを振りかざして、「既成の価値体系」にしばられた親を貶め、イエスの方舟の新…

現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史 2017

イースト新書刊。本書の中で、月間150冊出版される新書が雑誌の代わりになったのが、論壇劣化の元凶のように言われているが、まさにそれを地で行くような内容だった。 ロスジェネ世代でもある社会学者北田暁大が、若者論の批判的研究をしている後藤和智と、…