大井川通信

大井川あたりの事ども

日々のこと

「幻想」を抜けて

自慢できることではないが、我が身を振り返って、つくづく旧時代の凡庸な人間だと思う。いろいろ理屈をふりまわしたところで、自分が実際にやってきたことがそれを物語っている。時代が求める常識を一歩もこえることがなかった。 まずは仕事。生活のため、生…

子猫とてんかん

数日前、夜中こたつで本を読んでいたら、子猫のハチのゲージがガタガタとすごい音で鳴り始めた。ハチが目をあけたまま、身体を痙攣させている。手足を見たことのない動作でバタバタさせている。のたうち回って、トイレの砂が、大量に床に飛び散る。 どうした…

新年の抱負

数年前、地域の自治会長を引き受けてしまったときのことだ。自治会長は毎月、役員さんたちと各組の組長さんたちを集めて、公民館で会議を開く。その前年、組長としてその会議に参加して、一言の発言の機会もなく、役員さんたちのだらだらと続く議論を聞くの…

にゃんにゃんの日

壁塗りの職人さんから、イヤホン越しに呼び出される。仕事の話かと思ったら、家の前の側溝の中から猫の鳴き声が聞こえるという。住宅街の側溝は、コンクリートで蓋をされており、ところどころ鉄柵がはめてある。鉄柵のはずし方がわかれば、助けたいとのこと…

古本市の大井川書店店主

津屋崎の旧玉乃井旅館でのトロ箱古本市に、昨年に引き続き出品する。津屋崎の漁港では、魚を入れるトロ箱が並んでいる。「一箱古本市」をもじった命名だ。 今回は勤務で会場には行けないので、文字通り小さなビニールケース一箱だけの参加となった。今回は、…

筑豊富士再訪

免許の更新で筑豊の運転免許試験場に出かける。筑豊の象徴ともいえる三連のボタ山(別名筑豊富士)のすぐ近くだ。講習の待ち時間が一時間ばかりあるので、気ままに歩くことにした。 遠目には見てきたが、実際にふもとを歩くのは、初訪以来10年ぶりくらいにな…

結婚式で祝辞をのべる

職場の人の結婚式で、スピーチをした。ネタ探しから、原稿書きと推敲、読みの練習とずいぶんと時間をつかった。会場と同じくらいの広い場所で実際にスピーチしてみる。空間に意識を向けるのは、演劇ワークショップで習った手法だ。今回は新しい試みとして、…

あべこべのひと

20代の頃、東京の塾で同僚だった知人と会った。 知人は僕よりいくらか年長で、今年塾を定年退職したそうだ。それで再就職までの時間を利用して、実家の隣町に住むお姉さんの看病で二カ月ばかりこちらに滞在しているという。僕が今住んでいる地方が、たまたま…

虹の足

通勤で川沿いの道を車で走っていると、にわかに雨が強くなる。すると正面に虹が見えたので、道路わきの神社の大きな駐車場に車をとめて、観察することにした。 はじめは右半分くらいしか見えていなかったのだが、いつのまにかうっすらときれいな半円を描いて…

メタ・コミュニティのような話

昔勤めていたのは、塾長が大学生の頃に仲間と始めたまだ若い塾だった。僕が入社した頃は、塾長は30歳を過ぎたくらいだったが、東京郊外に5教室ばかりあって、さらに教室を増やそうとしていた。教室ごとに専任講師が2名ほどと学生バイトの講師が多くいたと思…

傷を負うということ

数年前、地元の自治会の役員を引き受けたことがある。なり手がなくて、仕方なくしたことだが、自分が歩ける範囲に責任をもつ、という大井川歩きの原則には適ったことだと無理に納得していた。結果的には、旧集落の役員とも知り合いになれて、よい経験をした…

巨大魚の遡上

職場の昼休みに散歩していると、コンクリートで三面を固められた用水路の流れの底に、大きな魚の影を見つけた。鯉やナマズがいてもおかしくないので、まじまじと見つめると、ヒレが目立たないぬめっとした姿に、ナマズだろうと見当をつけた。しかしどこか違…

旧友の虚像と実像

20代の頃、東京の郊外の進学塾で、3年ばかり専任講師をしていたことがある。その時の同僚と、30年ぶりに会うことになった。待ち合わせの小さな駅のロータリーに車をとめても、それらしい人影はない。5分ほど待ってから電話をすると、さっきから階段の脇に立…

ファミレスあるある?

週末、妻に電話を入れる。「今週やっと終わったから、帰りジョイフルに寄ってきていい?」「いいよ」 ジョイフルでは、いつでもドリンクバー付きのモーニングが注文できる。ワンコインでモーニングを注文し、ドリンクバーを飲み継ぎながら、好きな本を読んだ…

ある経営者の信条

次男は、特別支援学校を卒業して、昨年春からある介護施設に勤務している。グループ会社を統括する社長は、地元では有名な起業家だ。入社式には妻が参観したのだが、隣に座った社長が気さくに声をかけてくれて、自社を好意的に取材しているビジネス書を直接…

9.11の夜

どうということのない日常の出来事が、いつまでも新鮮に思い出されるということはあるが、やはり社会的に大きな事件は、はっきり記憶に残るものだ。 2001年の当時は、仕事が忙しく、深夜の帰宅が当たり前だった。長男が小学校に入学し、次男は2歳に。頭を床…

神隠しをめぐって

山口県で2歳の幼児が行方不明になった、というニュースが連日報道されている。家族にとってはとんでもない事件だが、このネタが全国ニュースで報じられるのはどうかと思っていた。ただ、田舎で2日間も見つからないのは、たぶんもうダメだろうと。 それが今…

車椅子からの目線

数日前に、右足のくるぶしに違和感を覚えた。アキレス腱をかくんと伸ばしてしまったような。そのあと二日間は、さほど無理している感覚もなく散歩などしていたが、昨日から足を引きずるようになって、夜にはまったく歩けなくなった。 今朝からは痛くてかかと…

理髪店とあめ玉

僕が数年前から行っている理髪店は、理髪用の椅子が十台以上並んでいるけれど、先客がいることはめったにない。おそらく全盛時代は、何人も雇って羽振りがよかったのだろうが、今は年取った夫婦だけでやっている。70歳を超したかというご主人は、決まって「…

二人の法学者

もう何か月か前の話だが、同じ日の新聞に、ゆかりのある二人の法学者の記事が出ていた。 僕は法学部の出身だけれども、学生時代に購入した法律学の教科書や専門書で手元に残しているのは、一冊しかない。当時、学部の看板だった刑法学者のN教授の本だ。N先生…

芸は身を助ける

知り合いのやっているデイケア施設の6周年のお祭りで、何かやってくれと招待される。かつて霊場だった山のふもとの、ながめのいい斜面にある小さな施設だ。 施設に到着すると、すぐに紹介されるので、急いで赤い蝶ネクタイをつけて、出番となる。お年寄りや…

山口瞳の家

地元の国立には、小説家山口瞳(1926-1995)が住んでいて、町の名士だった。彼の家は、実家から歩いて5分ばかりの住宅街の一角にあったのだが、当時は子ども心にとても斬新で、近未来的なデザインに思えたものだ。 ふだん用の無い場所なので、本当に久しぶ…

面影がない

その時H君に声をかけたのは、故郷に対する「一期一会」のような思いと、なにより、見知らぬ人と交流する経験のたまものだと思う。H君は、帰省のとき、それまでも一、二度見かけていた。小、中学生の同級生で、頭髪が薄くなっている以外、子どもの時の表情そ…

渡辺豆腐店のおじさん

実家に帰省したときには、早朝周囲を散歩する。「本業」の大井川歩きより、はるかに熱心になる。もともと機会が少ない上に、事情があって、いつまで帰省できるかわからない。そうなると、目を皿のようにして、風景の中に、記憶の痕跡をみつけようとする。 バ…

パルムドール受賞

カンヌ映画祭で、是枝裕和監督の作品が最高賞を受賞したそうだ。特別に映画好きでもなく、もちろん監督とは一面識もない自分が、そのことでちょっと心がざわついてしまう、というのが我ながらおかしい。 ある時、是枝監督が、同じ高校の一学年後輩だったこと…

長崎港のクルーズ船

長崎の街の対岸のホテルから港を見下ろす絶景で、そこに異様なものが見えているのに驚いた。巨大クルーズ船だ。細長い長崎湾を埋め尽くすような勢いで、建造物として見ても、街のビル群を圧倒する巨大さだ。小さな街の路地に、不釣り合いに大きなゾウが入り…

一流の人

職場に行く途中に、大きな神社と小さな博物館がある。その博物館の館長さんは、そうそうたる経歴の考古学の学者だ。大学を退職後、いくつかの大きな博物館を経て、ここの館長を務めている。引き受けていただいたときには、地元の人たちは大喜びだったと聞い…

檸檬忌に書店に爆弾を仕掛けそこなった話

とある町の古本屋に久しぶりに出かける。棚をひととおりながめて、とくに欲しい本がなかったので外に出た。そういう時、出入口からさっと姿を消すのは不人情のような気がして、店先の百円の本が並んだ箱の前で立ち止まって、ちょっと本を探すふりをする。す…

膝が痛い

55歳寿命説に納得していたら、それを裏付けるかのように、左ひざに今までに経験したことのないような痛みが走るようになって、日常に不便するようになった。整形外科で診てもらうと、屈伸のし過ぎなどで筋を痛めたのではないかという。思い当るのは、先週…

小ネタ集(賽銭、炭鉱、ドット)

知り合いに地元の小さな神社の総代をしている人がいる。富岡八幡の事件以来、賽銭が少なくなったと嘆いていた。僕も、あの事件で神社の莫大な利益をめぐる神主一家の骨肉の争いを知ってから、初詣のわずかな賽銭すら出す気持ちを無くしてしまった。そんなへ…