大井川通信

大井川あたりの事ども

日々のこと

旺文社文庫の箱

だいぶ前に発行をやめてしまったが、学生時代には、旺文社文庫が好きだった。文庫には珍しく箱入りの時代もあって、当時は古本屋の棚でそれを見かけることができた。箱がなくなったあとのカバーも、他の文庫とは違って一冊ごとに違うデザインで装丁されて明…

新潮文庫の棚

もう20年近く前になるだろうか、この街の国道沿いの書店でのことだ。そこはレンタルビデオ店を併設していたので、家族でよく利用していた。その書店が閉店して、子ども向けの体操教室に建て替わってからは、ファミレスやコンビニなどがあるそのショッピン…

エゴサーチと同姓同名の会

僕の名前はそれほど珍しいものではないと思うのだが、氏名の組み合わせでいうと、全国に多くいるわけではないようだ。ネットの検索をかけても、同姓同名の人は、せいぜい三、四人しかでてこない。 そのうちの一人は、もうだいぶ以前に亡くなっている人だ。大…

メニエール症候群

歩き出しても平衡感覚がおかしくて、まっすぐ前にすすめない。踏み下ろした床がぐわんぐわんと沈むような感じがする。久しぶりに始まったなと思う。職場のソファーに横になっても、むかむかと気持ちがわるい。頭痛ではないが、後頭部が少ししびれる感じで耳…

庭の恐怖

実家の庭の隅に小さな小屋があって、その裏に回ると、隣の敷地の板塀との狭いすき間から、道の脇に立つ木製の電柱を見上げることができた。電柱の上部には、変圧器みたいなものがついていて、丸形のガイシがついていた。幼い僕には、それがバケモノの丸い目…

封印された自転車(記憶論その2)

どのくらい前だろうか。まだ記憶の衰えをそこまで自覚してなかった頃だった。ただ仕事が忙しく毎晩深夜まで働いていたから、そのストレスが大きかったかもしれない。ある晩、自宅のある駅に戻って、駐輪場にたどり着き、さあ自転車を出そうとして、チェーン…

なぜ同じ話を何度もするのか?(記憶論その1)

ほんの10年くらい前まで、年配の人が平気で同じ話を何度もするのが不思議だった。この話、前に聞いたばかりなのに・・・。非難の気持ちというより、目の前にあるコップがなぜ見えないのだろう、と思うのと同じくらい素朴な疑問だった。いつのまにか、自分…

原っぱのヒキガエル

実家の庭を、暗くなってから歩いていると、足もとを何か大きな生き物がはねるように横切った。すぐにヒキガエルだと気づいたが、ずいぶん久しぶりの出会いだった。 実家の横に大きな原っぱがあったときには、土地の主のようなヒキガエルがいて、間違えて踏み…

老いの過程

僕は、祖父母の記憶がほとんどない。母の田舎の座敷でふとんに寝ている母方の祖父の姿を、ぼんやり思い出すだけだ。あとの三人は、僕が生まれる前に亡くなっている。そのせいかわからないが、お年寄りのことを分かっていない、と自覚することがある。 80代…

駄洒落を言ったの誰じゃ(その3)

ある日、近所のため池をのぞいていて、とんでもない発見をした。ため池は、養魚池としても使われていて、色とりどりの鯉が、気持ちよさそうに泳いでいる。しかし、これはとんでもなく矛盾した事態ではないか。 池の鯉・・・イケとコイ・・・行けと来い!? …

家庭の恐怖

妻は、実の兄との関係があまりよくなかった。それで10年ばかり会っていなかったのだが、先日、突然の訃報があった。通夜と葬儀に出て、いざ出棺の時に、手を合わせて「では、さようなら。来世は私の前に現れないでください」とお祈りして、お別れしたそうだ…

住宅街の恐怖

今の街に引っ越して、まだ間もない時だったと思う。住宅の数も少なくて、今より周辺もだいぶさみしかった。夜中、子どもを残して夫婦で車を出した。翌日の用事にそなえて、買い物とガソリンの給油に行ったと記憶している。当時3歳の長男は寝付いていたし、…

旅するアサギマダラ

この秋はじめてアサギマダラを見た。松林を抜けるあたりの道の先に、一匹の大型の蝶が見えたが、フワフワ浮かぶような飛び方がアゲハとは違う。近づくと、白をベースに黒い縁取りと朱色が美しいアサギマダラで、ゆっくり林の上に消えていくのを、うっとりと…

ハラビロカマキリの闘い(その3)

ハラビロカミキリの洗脳状態での不名誉な姿を記事にしてしまったので、彼の本領である真剣勝負を記録しておくことにしよう。 四、五年まえのことだ。自宅の玄関を入ろうとすると、地面から、ボリボリ、ボリボリ、という音が聞こえて来た。あわてて下を見ると…

ハラビロカマキリの闘い(その2)

翌日浜辺を歩くと、また別の場所で、海水に濡れた緑色のハラビロカマキリを見つけた。障害物のないきれいな遠浅の砂浜で、カマキリは思い切り自由にふるまえるし、こちら側も変な先入観なく観察することができた。 カマキリは、まず、海に向かって真っすぐに…

ハラビロカマキリの闘い

砂浜を歩いていると、波打ち際を歩くカマキリが目に止まった。緑色が鮮やかで、腹が平べったいハラビロカマキリだ。なぎとはいえ外海だから、カマキリの左側からは、大きな波音が響き、時には波が届いて、カマキリの足もとをさらったりする。明らかに海の側…

だじゃれを言ったの、じゃ、だ〜れ?

そのダジャレ名人は、当時東京郊外の団地にある塾で教室長をしていた。商店街の古い木造の二階屋を教室にしたもので、隣のパン屋のおやじが、塾生の自転車が店の前をふさいでいると怒鳴り込んでくるような環境だった。長身で洋楽好きのダジャレ名人は、学生…

だじゃれを言ったの、だれじゃ?

今では人に自慢できる才能などまるでないけれども、かつてはダジャレを作ることには自信があった。ダジャレ自体は、昔からそれほど評価の高いものではなかったろうが、ある時期から親父ギャグと言われてさげすまれるようになり、今ではうっかり若い人に言お…

聖地巡礼(Perfume編)

めったに家族サービスはできてないので、土砂降りの中でも、なんとか本場のお好み焼きを家族に食べさせたいと思った。計画性はゼロなので、ガイドブック片手に広島市内をぐるぐる車を走らせ、初めの目的地と違う「お好み焼き村」になんとかたどり着く。しか…

親と子

この春から長男が新しく住むようになった街へ、親子三人で長距離ドライブをした。マンションの部屋や勤め先を見たり、近所の観光地を家族四人でぶらぶら歩いたりする。 僕がかつて東京から千キロ離れた街で一人暮らしを始めたときにも、両親は訪ねてきた。だ…

おっさんち

母の見舞いもかねて、帰省する。 隣町の姉のマンションに一泊して、姉と実家まで歩いたとき、小学生の頃通った駄菓子屋があった近辺を通りかかった。帰ってからネットを見ると、バラックの小屋のような店や、店主のおっさんの風貌まで懐かしむ書き込みや記事…

自転車で

父は退職まで、隣町の立川の工場に自転車で通っていた。僕が家を出た後のことになるが、府中の再就職先まで、8年間やはり自転車で通勤したようだ。小学校の頃は、月に一度几帳面な父と一緒に、自転車をピカピカに掃除をするのが習慣だった。 父が定年になっ…

理髪店

辞令交付の前日、髪が伸びているのが気になって、夕方、職場近くの「床屋」に思い切って入ってみた。髪を切られるのが苦手で、昔ながらの理髪店でそれも行きつけのところでないとだめだ。職場の地名が店名になっているのも何かの記念になるだろうと、扉を開…

卒業式雑感

次男の特別支援高等学校の卒業式に夫婦で出た。大学4年の長男に声をかけると意外にも、式に参加するという。そういえば、次男の中学の卒業式も、家族全員で参加したっけ。神妙に立つ次男を取り囲んで、かかわってくれた中学の先生たちが順番に声をかけてくれ…

猫とカラス

通勤では、森の峠道を走るから、タヌキが車に轢かれているのによく出くわす。そのつど、タヌキの家族のことや、魂の抜けた死体がしんと静かなことが、一瞬頭をかすめたりするが、それだけのことだ。 ところが今朝は、猫の礫死体があって、その頭の半分ほどを…

介護職員研修

特別支援学校の高等部を、次男がこの春卒業する。なんとか希望通りに、老人介護施設に就職できそうで、来週から、資格取得の講座に通うことになった。 下見のために、会場になる大学に通う道を夫婦と次男で歩く。短期間でも大学に通えるので、彼も気合いが入…

数珠と呪術

長男が友達にしたという笑い話。 夜、リビングに入ると、母親が大好きな心霊番組を見ていたのだが、その姿というのが、画面に向かい、数珠を握って拝んでいたというのだ。 そして、こちらは少し怖い話。 長男が彼女を家に泊めてしばらくの間、邪気を払うため…

初詣

戦中派の父にとって、天皇制と神道は不倶戴天の敵だったのだろう。我が家では、初詣に行く習慣すらなかった。 そのせいか僕は今でも、本心から何かに祈ることができない。 博多の街で神仏に囲まれて育った妻と暮らして、そう思う。

父の遺影

無神論の家風のせいで、帰省しても取ってつけたような仏壇に手を合わせることもしなくなった。 家を出て30年、父が死んで10年。 母と姉が選んだ、とびきりの笑顔の父の写真を見上げて、はじめて自然に言葉がかけられるように思えた。

歯車

急に視界の中心が盲点のように見にくくなり、視野の左側上部でさざなみが立つようにチラチラしだすが、今回はそれが広がらないうちに収まった。 閃輝暗点だろう。芥川龍之介が自殺の年に『歯車』で描いた症状だ。 ただし僕の場合、どちらの目にも同じ形で、…