大井川通信

大井川あたりの事ども

日々のこと

こんな夢をみた(その3)

とある施設の広い敷地の一角に、なぜか僕の所有する建物が建っている。夢の終わりの頃には、施設はなぜか学校になっていて、僕の所有物も、その校庭の隅の、かなり大きな建造物になっていた。夢の途中で設定が変更になるのはよくあることだ。むしろ、めまぐ…

芸は身を助ける

知り合いのやっているデイケア施設の6周年のお祭りで、何かやってくれと招待される。かつて霊場だった山のふもとの、ながめのいい斜面にある小さな施設だ。 施設に到着すると、すぐに紹介されるので、急いで赤い蝶ネクタイをつけて、出番となる。お年寄りや…

お宝映像!

ゴミ出しから戻ってきた妻が、玄関で「お宝映像!お宝映像!」と声をあげる。出勤前で忙しかったけれど、笑顔に誘われて道に出ると、ゴミ捨て場の網に、タマムシがしがみついていた。光沢のある緑色の身体が美しい。自宅前で見かけることはめったにないから…

公民館青年室にて

ソレハネ チョットネ オモシロイネ/イトサンがせっかちに口をはさむ シゴト ツカレタナー/旭通りの映画館で働いているモッチャンが/甲高い声で/飛び込んでくる ソファーに長々と身体を投げ出したヨシムラサンが/退屈そうにあくびをする 僕はテーブルの…

たまり場の記憶

たまり場「かっちぇて」が一時お休みするそうだ。けんちきさんとかおるこさんには、今年の一月にお話しをうかがって、先月には二人の不在時に「かっちぇて」のある坂段を訪問している。3年間開いてきた自宅でのたまり場を、さりげなく休止する。何かを終わ…

親戚の消滅

葬儀のあと、親戚と久しぶりに顔をあわす。僕たちの親の世代(80代以上)が姿を消して、いとこたち(50代以上)が中心になり、その子どもたち(20代以上)がいくらか加わる。 父親は4人兄弟、母親は6人兄弟。当時としては、けっして多くはないだろう…

あるアイドルの話

妻からファンだと聞いていたのは、草川祐馬(1959-)というアイドルだった。ファンクラブにも入り、博多でコンサートにも行ったらしい。西城秀樹のものまねをきっかけにスカウトされて、1975年に歌手デビューをする。1978年に病気で一時休業した後、俳優と…

あるスターの死

西城秀樹(1955-2018)が亡くなった。今までファンだったという話をほとんど聞いたことはないのだが、妻が相当ショックを受けて、喪失感にかられている。不謹慎な話だと思うが、昨年、疎遠だった実の兄が亡くなったときより、衝撃が大きいという。芸能関係…

山口瞳の家

地元の国立には、小説家山口瞳(1926-1995)が住んでいて、町の名士だった。彼の家は、実家から歩いて5分ばかりの住宅街の一角にあったのだが、当時は子ども心にとても斬新で、近未来的なデザインに思えたものだ。 ふだん用の無い場所なので、本当に久しぶ…

面影がない

その時H君に声をかけたのは、故郷に対する「一期一会」のような思いと、なにより、見知らぬ人と交流する経験のたまものだと思う。H君は、帰省のとき、それまでも一、二度見かけていた。小、中学生の同級生で、頭髪が薄くなっている以外、子どもの時の表情そ…

渡辺豆腐店のおじさん

実家に帰省したときには、早朝周囲を散歩する。「本業」の大井川歩きより、はるかに熱心になる。もともと機会が少ない上に、事情があって、いつまで帰省できるかわからない。そうなると、目を皿のようにして、風景の中に、記憶の痕跡をみつけようとする。 バ…

パルムドール受賞

カンヌ映画祭で、是枝裕和監督の作品が最高賞を受賞したそうだ。特別に映画好きでもなく、もちろん監督とは一面識もない自分が、そのことでちょっと心がざわついてしまう、というのが我ながらおかしい。 ある時、是枝監督が、同じ高校の一学年後輩だったこと…

長崎港のクルーズ船

長崎の街の対岸のホテルから港を見下ろす絶景で、そこに異様なものが見えているのに驚いた。巨大クルーズ船だ。細長い長崎湾を埋め尽くすような勢いで、建造物として見ても、街のビル群を圧倒する巨大さだ。小さな街の路地に、不釣り合いに大きなゾウが入り…

「かっちぇて」のある場所

片山夫妻の主宰するたまり場「かっちぇて」を訪ねる。 長崎に仕事で行って、その空き時間を利用したのだ。前日にメールをすると、片山さんたちは運悪く不在で閉まっているとのこと。ただ、僕は、彼らの見つけた場所に興味があったので、地図とカンを頼りに坂…

親子は別れてはいけない

春、巣作りから始まるツバメの献身的な子育てが、間近で続いている。しかし、巣立ち後まもなく、親であり子であった事実は忘れ去られるだろう。 以前、内田樹のこんな言葉に救われたことがある。生物学的にいえば、親の唯一の役割は、こんな親と一緒にいると…

学の道

今村先生は、晩年、清澤満之の著作との出会いを通じて、仏教の研究にも取り組むようになった。清澤満之の全集の編集委員を務めたし、清澤関連で3冊を上梓し、最後の出版は親鸞論だった。その中で、新しい人との出会いも多くあったようだ。ネットを見ても、…

お風呂場のデリダ

今村先生の講義を聞くようになった大学の後半、僕は、地元の友人たちといっしょに公民館で地域活動にかかわるようになった。70年代に「障害者自立生活運動」が巻き起こった土地だったから、当時周囲にはアパートで自立生活をする「障害者」とそれを支える…

シンポジウムの廣松渉

今年がマルクス生誕200年であることを、テレビで偶然知った。ドイツのマルクスの故郷に中国が記念の銅像を贈ったということを、昨今の中国の動きとからめて批判的に紹介するニュースだった。ソ連の崩壊と冷戦の終結で、資本主義と民主主義が勝利し、もう「歴…

今村ゼミの思い出

当時は、就職活動の解禁は、大学4年の6月くらいだったような気がする。卒業後就職して会社員となるというイメージしかなかったから、大学では3年から保険法の就職ゼミに入っていた。一年間、今村先生の講義を熱心に聞いて、さて学生最後の一年をどう過ご…

井之頭公園のアルチュセール

僕が今村仁司先生の存在を知ったのは、大学3年になったばかりの時だった。法学部に入学して、大学受験の延長戦で、司法試験の受験勉強に取りかかったものの、すぐに息切れしてしまった。目的を見失うと、無味乾燥な「解釈法学」の勉強は、およそ色あせたも…

人を忘れるということ

うろ覚えなのだが、心に引っかかっていることがあるので、書いてみる。 ある高名な宗教学者の文章にこんな部分があった。彼は、死や老いについて繰り返し書いたり、語ったりしている人だ。アメリカ大統領の長年の友人が、あるときその元大統領が痴呆によって…

こんな夢をみた(その2)

近ごろは、早い時間に睡魔に襲われて、客間のソファーで寝てしまう。夜半に置きだして、がさがさ活動する。今がそう。よくない傾向だ。見たばかりの夢。 誰かの後について、大型安売り店の中をぐるぐる歩き回っている。自分以外にも別のメンバーがいたのだが…

君はハルゼミを知っているか

セミは、郊外育ちの昆虫好きの元少年にとって、一番身近な長年の友人である。だから、セミに関するネタは山ほどある。 昔の東京では、アブラゼミが主力だったが、今ではミンミンゼミも平気で街中で鳴くこと。西日本では、クマゼミの天下だが、生息域が東京に…

霞が関ビル誕生50年

日本で初めて高さ100メートルを超えた「霞が関ビル」が、この4月で完成から50年を迎えたそうだ。僕がちょうど小学校に入学した年の完成になるが、それならちょうど記憶にあう。 日本で初めての高層ビルのことは、当時たいへんな話題になっていた。東京…

無能の人

柄にもなく、一流の人について書いてしまったので、つげ義春(1937-)の『無能の人』を読み返す。 この連作に出会ったのは、小倉にあった金栄堂という小さな書店で、雑誌「comicばく」を立ち読みした時だった。「カメラを売る」を読んで、ラストの場面に打…

一流の人

職場に行く途中に、大きな神社と小さな博物館がある。その博物館の館長さんは、そうそうたる経歴の考古学の学者だ。大学を退職後、いくつかの大きな博物館を経て、ここの館長を務めている。引き受けていただいたときには、地元の人たちは大喜びだったと聞い…

小心と怒り

少し前に姉から聞いた、ずいぶん前の実家のエピソード。 まだ父が生きている頃、台所で母が手にケガをした時のこと。包丁で誤って手を切ってしまい、血を流している母に向かって、父は動転して叱りつけるばかりで、何もできない。姉がタクシーを呼び、外科医…

のりたまとすきやき

週に一回はスーパーに買い物に行く。地域で一番安い店に通っているのだが、すぐ近くに同じくらい安い店ができた。どちらもチェーン店なのだが、ライバル店にあえてぶつけて出店する戦略があるらしい。いつも購入する商品については、どちらの店がどのくらい…

宇宙ロケットの引退

小学校の夏休み、アポロ11号の初めての月面着陸(1969年)を、テレビ中継で見たのを覚えている。目覚ましい宇宙開発を背景にして、当時の公園には、宇宙ロケットの姿をした遊具が設置されるようになった。大井川の周辺でも、ロケット型の滑り台のある通称…

檸檬忌に書店に爆弾を仕掛けそこなった話

とある町の古本屋に久しぶりに出かける。棚をひととおりながめて、とくに欲しい本がなかったので外に出た。そういう時、出入口からさっと姿を消すのは不人情のような気がして、店先の百円の本が並んだ箱の前で立ち止まって、ちょっと本を探すふりをする。す…