大井川通信

大井川あたりの事ども

書評

『できるヤツは3分割で考える』 鷲田小彌太 2004

著者の鷲田小彌太(1942-)は、僕にはなつかしい書き手だ。柄谷行人や今村仁司と同世代で、マルクス研究を出発点として現代思想を幅広く吸収し、どん欲に研究や評論の幅を広げてきたという共通点がある。実際、この二人をライバル視する発言をしている。た…

『ゲンロン戦記』 東浩紀 2020

病み上がりで今年初めて読んだ本。すらすらと読めて、さわやかな読後感が残った。読んでよかったと思った。 東浩紀は、10歳年下で、そのためか著名な批評家だけれども思い入れを持ったことがない。しかし、少し遅れて『弱いつながり』(2014)や『観光客の哲…

『夏子の冒険』 三島由紀夫 1951

読書会の課題図書。三島由紀夫(1925-1970)が自死したのが小学校3年生の時で切腹のニュースの衝撃が大きく(当時はまだ天皇を神と仰ぐ風潮が残っていたから)「まともな」作家とは思えずに今までなんとなく敬遠していた。今回初めて読んで、若いのに自制の…

そうだ、黒島伝治を読もう!

ミヤマガラスの話題のたびに、『渦巻ける烏の群』(1928)の名前を出しているが、実際に読んだことがない。これでは知識を振りまわしているだけで説得力に欠ける。 それで手っ取り早く「青空文庫」で黒島伝治(1898-1943)をいくつか読んでみた。旧世代の人…

『感染症と民衆』 奥武則 2020

副題は、明治日本のコレラ体験。コロナ禍におけるタイムリーな企画ものの新書で、ジャーナリスト出身の学者が過去の研究成果を踏まえて書き下ろしているから、バランスよく読みやすい本になっている。僕には未知で、有益が情報が数多くあった。 コレラ以前に…

『ボートの三人男』 J.K.ジェローム 1889

読書会の課題図書で読む。 小学生の頃、子ども用の少年少女名作文学シリーズで、とても面白く読んだ小説だ。50年ぶりに読んで、ちょっと期待外れの面もあった。当時の本の子ども向けの要約や書き直しが上手だったのだろうが、もともと笑いのセンスが子どもに…

『経験なき経済危機』 野口悠紀雄 2020

コロナ禍の半年間のドキュメンタリーみたいな本。雑誌の連載記事を中心にした本だから、問題の指摘のみの部分も多く、雑多な印象だ。著者が高齢で行き届いた本づくりができないということもあるかもしれない。 しかし昨年、同じ著者の『戦後経済史』を読んで…

『悲痛の殺意』(『奥只見温泉郷殺人事件』改題) 中町信 1985

読書会で漱石を読むのを苦労したから、小説を楽しんで読みたくなった。中町信(1935-2009)の長編推理小説が再刊されたので、読んでみた。中町さんでも初期の込み入った倒叙トリックを使ったものでは気が休まらない。温泉地ものだから、気楽に読めるのではな…

『郵便と糸電話でわかるインターネットのしくみ』 岡嶋裕史 2006

積読本を読む。今さらながらだが、ICT関連についても、最低限の知識や見識は持っておきたくなったので。 通信の原理が段階をおって、絵図と漫画風の吹き出しでわかりやすく説明してあるので、なんとか最後まで振り切られずに読みすすめることができた。技術…

『お役所の御法度』 宮本政於 1995

霞が関の内情暴露の書である『お役所の掟』に続くもの。前著への日本の読者のたくさんの反響を、精神分析医として分析した部分があって、そこが面白かった。 第一グループは、50歳以上の男性。1944年以前の生まれである。このグループは、日本的な集団主義へ…

再びビアスのこと

この際だからと、現在手に入るもう一冊のビアスの短編集、光文社古典新訳文庫シリーズの一冊を取り寄せて読んでみる。全14編のうち岩波文庫との重複は、4編のみだ。翻訳はこちらの方がいいような気がする。ただし、巻末の解説はダラダラと長いばかりで、焦点…

『お役所の掟』 宮本政於 1993

四半世紀前に話題になって、よく売れた本。当時読んで面白いと思った。今読み返しても、少しも色あせてなくて、いっそう面白かった。 著者は日本で医学部を卒業したのち、アメリカに留学して現地で精神分析医となり、大学の研究者にもなる。11年にわたるアメ…

『西光万吉』 師岡佑行 1992

「水平社宣言」の起草者として名高い西光万吉(1895-1970)の評伝。その後、部落解放運動を離れ、転向して国家主義者になるなどぱっとしない印象だが、本書を読むとそのイメージが間違いなのがわかる。 たしかに水平社の立ち上げと宣言の起草は立派だが、当…

『ビアス短編集』 大津栄一郎編訳 2000

十代の終わりに、少しだけ文学青年だった時期があって、その頃好きだった作家の一人が、アンブローズ・ビアス(1842-1914)だった。短期間だったから、多くの作家に触れたわけではない。小栗虫太郎も好きだったから、少し異端の匂いがある作家が気になって…

『思索と体験』 西田幾多郎 1914

岩波文庫の新刊で西田幾多郎(1870-1945)の講演集が出ていたので、手に取って買おうとしたが、家に西田の読み残しの本が何冊もあることに気づいて思いとどまった。それで初期の論文集『思索と体験』の岩波文庫版を読んでみた。読み通したのは、今度が初め…

『海と毒薬』 遠藤周作 1957

読書会の課題図書で読む。再読。 第一章のエピソードで、勝呂医師の指先に「金属のようにヒヤリとした冷たさ」があったとある。生体解剖事件に関わった冷酷な医師であることを匂わせるうまい伏線だとは思うが、全編すこし図式的に作りこみ過ぎているような気…

『大津絵』 クリストフ・マルケ 角川ソフィア文庫 2016

学術書や専門書の入った文庫として、昔はよく濃紺の表紙の講談社学術文庫(1976-)を買っていた。いつのまにか、後発で白い表紙のちくま学芸文庫(1992-)を買うことの方が多くなった。それがこの頃は、クリーム色の表紙の角川ソフィア文庫(1999-)を手…

『日本経済30年史』 山家悠紀夫 2019

20代の頃、東京で塾講師をしていたとき、地元の公民館で市議会議員が主宰する会合やイベントに参加する機会が何回かあった。主宰は革新系の無所属のベテラン女性議員で、当時気鋭のマルクス経済学者小倉利丸を講師に呼んだ集会などもあったと思う。 そのグル…

『イカの哲学』 中沢新一・波多野一郎 2008

気になって、時たま手にとってしまう本。中沢新一が、在野の哲学者の波多野一郎(1922-1969)が書いた小冊子「イカの哲学」(1965)にほれ込んで、その本文と、分量では何倍にもなる解説をのせて出版した本だ。 中沢が憲法9条について問題提起をしていた時…

『螢川・泥の河』 宮本輝 1977

読書会の課題図書で、宮本輝(1947-)を初めて読む。 『泥の河』は、昭和30年の大阪を舞台にし、『螢川』は、昭和37年の富山を舞台にしている。いずれの作品でも、作者にとって地名と年号を明記することは大切で抜かすことのできないことだったのだろう。戦…

『ウニ ハンドブック』 文一総合出版 2019

職場近くの浜辺で、宇宙人の頭蓋骨のような奇怪な生き物の殻をひろって以来、僕はすっかりウニ類の殻を集めるのに夢中になってしまった。調べると、ヒラタブンブクというウニの一種だとわかったのだ。それ以外にも、ひらべったい円盤のようなカシパンという…

『わたしの濹東綺譚』 安岡章太郎 1999

『濹東綺譚』好きだった父親の蔵書。立川駅ビルのオリオン書店の、出版年の日付のレシートがはさんである。出版を待ちかねて購入したのだろうか。 『濹東綺譚』出版前後の社会情勢や文壇の裏事情について、安岡章太郎(1920-2013)本人の体験も交えて、気ま…

『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』 丸山俊一 2018

NHKのプロデューサーによる人気哲学者マルクス・ガブリエル(1980-)の軽めのインタビュー集のようなもの。読書会の課題図書で読んだのだが、問われるままにあらゆることに一言もの申しているためか、話題があちこちに飛び回っていて、いったい何がいいたい…

『老いと記憶』 増本康平 2018

年齢を重ねると、確かにある時期から、記憶力の低下と呼ぶしかない事態に直面することが多くなる。著者は、認知心理学の研究に基づいて、実際に高齢者向けの講演を続けてきたというだけあって、この問題についてツボを心得た解説を行っている。専門的な議論…

『ヴェニスに死す』 トーマス・マン 1913

読書会の課題で、トーマス・マン(1875-1955)の『トニオ・クレエゲル』(1903)と『ヴェニスに死す』(1913)とを読む。どちらも理屈っぽく、ぎくしゃくとした構成の小説だが、前者の方が面白かった。 トニオ・クレエゲルは、芸術と生活との間で、危うい綱…

『経済学の宇宙』 岩井克人 2015

野口悠紀雄の自分史を絡めた経済の本がとても面白かったものだから、似たような本を読もうと思って本棚から取り出した本。 経済学者にして思想家である岩井克人(1947-)のインタビューをもとにした本だが、相当の加筆修正とていねいな編集が施されて500頁…

『戦後経済史』 野口悠紀雄 2019

整理法や勉強法についてのベストセラーを書いた、大蔵省出身のスマートなエリート経済学者。著者の野口悠紀雄(1940~)については、そんなイメージしか持っていなかった。戦後史のおさらいのつもりで手に取ったのだが、抜群に面白いうえに、襟を正して読ま…

『いつもそばには本があった。』 國分功一郎・互盛央 2019

僕より一回り若い論者による、本や研究をめぐる往復書簡。「一回り」とは古い言い方だが、なるほど世界が更新されるのに十分な期間なのかとあらためて思った。「十年一昔」という言葉もあったっけ。 いわゆる哲学・現代思想といわれる分野の専門家たちだから…

『社会学入門』 見田宗介 2006

昨年出版された見田宗介(1937-)の新著を読んで、著者の衰えのようなものを感じたと書いた。今年に入って、20年前の『現代社会の理論』(1996)を再読して、全盛期の著者の力にあらためて魅了されるとともに、今から振り返るとやや物足りなさも感じてしま…

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 内山節 2007

魅力的な書名。信用のおける著者。活字も大きく薄めの新書。にもかかわらず、読み終えるまでにずいぶん時間がかかってしまった。ようやく手に取ったのが一カ月以上前だったと思うし、そもそも10年以上前の出版だというのが信じられない。まっさきに購入して…