大井川通信

大井川あたりの事ども

点鬼簿

輪島の訃報

大相撲の元横綱輪島(1948-2018)が亡くなった。記録を見ると、初土俵から3年半で横綱に昇進したのが1973年で、引退が1981年。ちょうど僕の中学、高校の頃が全盛期で、家族の影響もあって、相撲を一番見ていた時代だと思う。 父親はしぶい取組の大関旭国が…

はさみでチョキン

もう20年も前の話だが、とても気難しい上司がいた。そのうえ、ほとんど口を開かない。部下が書いたあいさつ文を読み上げるときなども、すぐに声が小さくなり後半はほとんど聞き取れなくなる。僕はほんの若造だったから、職場で彼との接点はまったくといって…

影絵の世界

母親の義弟にあたる叔父から聞いた話。 僕の父親が、勤務先のミシン会社の同僚だった叔父を1年間じっくり観察した後で、この人なら大丈夫と、母の妹の結婚相手に紹介したのだという。勝気の叔母は、私は家のある人でないと結婚しないと言ったそうだ。(ひょ…

挺身隊の思い出

母は、終戦前の一年ばかり、千葉の軍需工場で、女子挺身隊として働いていた。三菱の軍用機を作っていて、完成するとみんなで機体を送り出したそうだ。勤務期間中に、工場の疎開も経験している。 同僚なのか兵士だったのかは聞きもらしたが、地方出身の若い男…

親戚の消滅

葬儀のあと、親戚と久しぶりに顔をあわす。僕たちの親の世代(80代以上)が姿を消して、いとこたち(50代以上)が中心になり、その子どもたち(20代以上)がいくらか加わる。 父親は4人兄弟、母親は6人兄弟。当時としては、けっして多くはないだろう…

あるスターの死

西城秀樹(1955-2018)が亡くなった。今までファンだったという話をほとんど聞いたことはないのだが、妻が相当ショックを受けて、喪失感にかられている。不謹慎な話だと思うが、昨年、疎遠だった実の兄が亡くなったときより、衝撃が大きいという。芸能関係…

小心と怒り

少し前に姉から聞いた、ずいぶん前の実家のエピソード。 まだ父が生きている頃、台所で母が手にケガをした時のこと。包丁で誤って手を切ってしまい、血を流している母に向かって、父は動転して叱りつけるばかりで、何もできない。姉がタクシーを呼び、外科医…

グリコのおまけ

もうだいぶ前に亡くなった知人で、太平洋戦争の戦場で戦友のほとんどが戦死する中、生き延びた経験をもつ人がいた。彼は、残りの人生を「グリコのおまけ」と表現して、それは他人のためにささげるのだと公言していた。そこまで極限の経験がなくとも、戦中派…

老いの過程

僕は、祖父母の記憶がほとんどない。母の田舎の座敷でふとんに寝ている母方の祖父の姿を、ぼんやり思い出すだけだ。あとの三人は、僕が生まれる前に亡くなっている。そのせいかわからないが、お年寄りのことを分かっていない、と自覚することがある。 80代…

おっさんち

母の見舞いもかねて、帰省する。 隣町の姉のマンションに一泊して、姉と実家まで歩いたとき、小学生の頃通った駄菓子屋があった近辺を通りかかった。帰ってからネットを見ると、バラックの小屋のような店や、店主のおっさんの風貌まで懐かしむ書き込みや記事…

自転車で

父は退職まで、隣町の立川の工場に自転車で通っていた。僕が家を出た後のことになるが、府中の再就職先まで、8年間やはり自転車で通勤したようだ。小学校の頃は、月に一度几帳面な父と一緒に、自転車をピカピカに掃除をするのが習慣だった。 父が定年になっ…

父の遺影

無神論の家風のせいで、帰省しても取ってつけたような仏壇に手を合わせることもしなくなった。 家を出て30年、父が死んで10年。 母と姉が選んだ、とびきりの笑顔の父の写真を見上げて、はじめて自然に言葉がかけられるように思えた。