大井川通信

大井川あたりの事ども

美術

あっこさんの宿題

ちかごろは、宿題だらけの世の中だ。 職場の近くのカレー屋さんで、地元の知り合いとランチを食べる。店はアジア風の雑貨屋さんのようで、壁には様々な絵が描かれている。知り合いの行きつけだから入ったが、ふつうなら敷居が高い。 最近何周年かのイベント…

営業所のち美術館

僕は学校を出てから、ある生命保険会社に就職した。配属先はある地方都市の支店で、管轄の地域にいくつかの営業所をもっていた。 業界の中堅どころで働いてみて初めて気づくのは、やはり業界大手の会社との、規模や知名度や商品の内容についての格差である。…

宮田さんの宿題

宮田さんはケーキをとりわけると顔を上げて、それじゃあなたに宿題を出します、と言い出した。僕が、こんど一人でゆっくり話に来ますと言ったからだろう。宮田さんからの宿題はこんな内容だった。 明治に入って、西洋の美術が入ってきて、遠近法等の様々な技…

「美 つなぐ 香椎宮」展 2018

神社という場所に関心があるので、そこで現代美術にどんなことができるのか、期待があって出かけてみた。しかし思った以上に現代美術の作品が無力な印象を受けた。ちょっと残念だった。 勅使館という施設の座敷や庭園という閉ざされた空間の中で展示されてい…

『感性は感動しない』 椹木野衣 2018

以前、現代美術が専門の知人に、美術の批評家で誰が面白いかを聞いたら、椹木野衣(さわらぎのい)の名前を教えてくれた。新聞の書評を意識して読むようにすると、なるほど彼の書く文章は、平易に書かれているにもかかわらず、解像度が他の書き手とはワンラ…

「塩を編む」 渭東節江 (糸島国際芸術祭2018)

一年前に、八幡の古い木造市場を舞台に行われた現代美術展で、渭東さんの作品を観た。築後70年が経つ市場は、そのままで人々の歴史がしみ込んだ魅力的な環境だ。美術家たちは、その雑多なイメージを上手く取り込んだり、お店の歴史を引用したりしながら、…

「つりびとのゆめ」 鈴木淳 (糸島国際芸術祭2018)

大井川歩きを始めてから、身近な里山の中へ足を伸ばすようになった。目標は、山頂にまつられたホコラや古墳などである。足を踏み入れて、想像したこともない異世界が身近にあることに驚いた。そもそも里山の入り口はわかりにくいし、正式な山道でもないから…

ある美術家の生涯

ある美術家の回顧展を公立美術館に観に行く。 1960年代末には、既存の表現や制度を「粉砕」して、グループで「ハプニング」と称する過激な実践を繰り返すが、逮捕され、孤立する。この時代は、ビラやポスターや写真等の資料展示で、いわゆる作品はない。 1…

「まつのひと」 鈴木淳 2018(第13回津屋崎現代美術展)

旧玉乃井旅館での現代美術展を、黄金週間で帰省中の長男とのぞいてみる。駆け足で観るなかで、鈴木淳さんの作品が心をとらえた。 鈴木さんは以前、神社を舞台にしたプロジェクトで、石柱などに刻まれた寄進者の名前から、その人のことを調べて、その場に掲示…

ヴラマンクの落日

20年ばかり前、松岡美術館の収蔵品によるフランス絵画展で、ヴラマンク(1876-1958)の絵を何枚か見た。その中に、とても気に入った一枚があった。夕闇が迫る林のむこうで、赤い太陽が沈みかけている。夕陽はかろうじて林の中にも届き、うねうねと伸びる木…

ターナーの水鳥

知り合いの教師からこんな話を聞いたことがある。大学の付属小学校に勤務していたとき、ベテラン教員から教えられた話だという。若いころ、一生懸命に準備して研究授業を行った。その講評の際、いきなり授業の中身でなく、校庭にどんな鳥が来ているか、と尋…

槻田アンデパンダンー私たちのスクラップ&ビルド展 2017

僕の住む町から遠くない工業都市では、古い木造の市場を見かけることができる。アーケードのかかった商店街ではなくて、入口には市場の名称を掲げた木造校舎みたいな大きな構えの建物の中に、細い路地のように通路が走り、いろいろな店が並んでいる。今のシ…

曜変

国宝曜変天目の再現にいどむ陶芸家の姿が忘れがたい。 テレビドキュメンタリーで、彼は、苦しくて仕方がない、とつぶやく。 それは、彼にとって作陶が目的でなく手段になってしまっているからだろう。完全な曜変の輝きを捕まえるための。