大井川通信

大井川あたりの事ども

言葉ノート

その短くはない生涯を短く語る

旧玉乃井旅館での「おはなし会」で、安部文範さんの話を聞いた。タイトルには、安部さんらしいユーモアがこめられているが、こうした微妙な感覚は、おそらく世代限定のものなのだろう。 安部さんは、僕よりほぼ10歳年長だ。1960年代、70年代は、日本社会にと…

なんもかんもたいへん、いらっしゃい

若いころ住んでいたアパートの近くに、黄金(こがね)市場という商店街がある。アーケードのかかったメインの商店街の周囲にお店が集まり、隣接する古い木造の建物の中の路地にも商店が連なっている。 この路地の方の一角。シャッターを半分だけ開けて、間口…

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る

この時期になると聞く言葉で、自分の口からも自然に出てしまう。ただし僕がはっきり記憶していたのは、二月以降の部分で、一月は行く、はあまり耳なじみがない。「二月は逃げる」の意味は、大正生まれの父親から、子ども時代に聞かされたような気がする。 一…

『ことばと文化』 鈴木孝夫 1973

こうした良質な日本語研究の本(といっても僕が手に取るのは入門書の類だが)を読むたびに、いつも感じることがある。 まず、自分が当たり前に使っている日本語の構造や特色について、まったく目からうろこが落ちるような思いをさせられるということ。つぎに…

この枝、めっちゃ枝してる

子どもたちのグループと山道を歩いている時、中学二年生の男の子が突然、足元の枝を拾い上げて、叫んだ言葉。じゃり道では、小石を拾って、「この石、めっちゃ石してる!」とも。その言い方が学校で流行っているのかと聞くと、自分だけだという。手にした枝…

『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』 金谷武洋 2014

最近文庫化されたので手に取る。タイトルだけ見ると、いろいろ突っ込みを入れたくなって、読むのをためらってしまいそうになるが、本の中身はたいしたものだ。 カナダの大学で25年間、日本語教育と日本語の研究を行ったきた著者が、現場で考え、実地で体験…

虚栄心の力を否定するものは虚栄心しかない

サマセット・モームの『英国諜報員アシャンデン』(1928)から。 「魂を悩ます感情のなかで、虚栄心ほど破滅的で、普遍的で、根深いものはありません。愛以上に破壊的です」とアシャンデンは語る。だから、ある一つの虚栄心の暴走を止められるのは、また別の…

ひとつのネタを何度も使ってはいけない

サマセット・モームの『英国諜報員アシャンデン』(1928)から。 主人公のアシャンデンは、こう続ける。「ジョークは長居せずに気まぐれに、いってみれば、花をめぐるミツバチのようでなくてはならない。一発決めたら、すぐに離れて次に移る。もちろん、花に…

人は揺り籠から墓場まで、束の間の人生を愚かに過ごして命を終える

サマセット・モームの『英国諜報員アシャンデン』(1928)から。 モームの小説は面白い。モームの描く人物は、どれも魅力的だ。大衆的でわかりやすく、極端だったりするのだけれども、人間というものの根底を押さえているから、命を吹き込まれているかのよう…

歴史の男/カリスマ〇〇(虚勢の論理)

足の養生中のため、またワイドショーネタ。 某アマチュアスポーツ協会の内紛で、会長が辞職に追い込まれた。長年の強権的で横暴な振る舞いが、火をつけたらしい。自らを終身会長にして、補助金を勝手に配分したり、試合でも身びいきな判定を強要したりと、め…

トボトボと歩いてきた自分の中の道を大切にする

昔の手帳の欄外に、メモしていた言葉。鶴見俊輔の言葉なのは間違いないが、今では本の題名もわからないので、確認することはできない。 トボトボと歩いてきて、そして今も歩き続けている道。それは一本道ではなくて、たくさんの分かれ道や寄り道を、突当りや…

いつかはクラウン

いつかはクラウン、などと思ったことはない。子ども心に、いつかはポルシェにのりたいと思ったが、それは夢みたいなものだ。ただし、周囲の大人を見ていると、年配の人は、それなりに大きくて立派な車にのっていた。だから自分もそうなるのかと、漠然と思っ…

軽口をたたく

書き言葉としては自分の中に入っている言葉だが、どう読むのかは自信がなかった。「かるくち」とわかってもまるで耳になじみがない。話し言葉としては、おそらく死語に近いと思う。ギャグや冗談という言葉がそれに代わって、なんの不自由もないからだろう。 …

魔術の再生

見田宗介は、近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、脱高度成長期の若者の精神変容のデータを扱っている。そこで目を引くのが、「お守り・お札を信じる」、「あの世、来世を信じる」、「奇跡を信じる」などの一見非合理的な回答のポイントが、1973年から…

球はふしぎな幾何学である。無限であり、有限である。

球面はどこまでいっても際限はないが、それでもひとつの「閉域」である、と見田宗介は近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、続ける。 だから、生産と消費の無限拡大のグローバルシステムは、地球表面上での障壁を消し去るかに見えるが、そこで最終的な有…

文学的半生

小説を読む読書会で、事前に提出する課題のなかに「文学に興味を持っていなかったら、あなたの人生や性格は、今とどのように違っていたと思いますか」という質問があった。 参加者は、読書好きの若い人が多くて、文学のおかげで、視野が広くなったり、考えた…

どんどんかわっていくよね、かわらんと困るから

JRの車両で、向かいに座った老夫婦が、車窓風景をながめながらつぶやいた言葉。 40年前、50年前の思い出話をしながら、このあたりは田んぼだったのに、住宅街になってしまった、という。それを嘆くという風ではなくて、「変わらんと困る」と言い添えたの…

俺だって社長なんだよ

駅前の南口と北口を結ぶ、広い通路で、自転車にまたがった中年の男が、初老の警備員に食ってかかっている。どうやら、自転車の運転を制止されたのが、気に入らないらしい。気が小さいくせに、おっちょこちょいで正義の味方を気取りたがる僕は、二人の間に、…

なるように、する(原田一言詩抄)

久しぶりに、大井村の賢人原田さんのお店に顔をだす。原田さんは、2年前から幼稚園で用務員をしているから、朝晩に保護者の車の誘導の仕事があり、店も不在がちだ。今はイモ畑を作るように頼まれているという。幼稚園の敷地のはずれの新しい小屋のことを聞…

受け入れる勁(つよ)さ

二カ月くらい前に、安部さんから、「玉乃井塾」を一度開きたいと声がかかった。 安部文範さんと知り合ったのは、今から20年くらい前のことになる。「福岡水平塾」という差別を考えるグループの月例会だった。差別問題の元活動家が中心だったが、メンバーの…

千差万別

村瀬孝生さんによると、時間と空間の見当を徐々に失っていくのは、人にとってごく自然な過程ということになるが、ブログの文章を書くというのは、ささやかなそれへの抵抗という側面がある。住み慣れた住居が、その人の日常生活の時間と空間を血肉化したもの…

生きているそのあいだ、なるたけ多くの「終わり」に触れておく

作家いしいしんじの言葉。鷲田清一の新聞連載「折々のことば」で知ったもの。 僕の実家は、動物を飼うことがなかった。庭で捕まえたセキセイインコを飼っていたことがあるくらいだ。そのセキセイインコも、僕が外でカゴをあやまって落としてしまい、逃げられ…

ばびぶべぼ言葉の謎

ネットで検索すると、ばびぶべぼ語、もしくは、ばび語とも呼ばれているようだ。 「こんにちは」なら、「こぼ・んぶ・にび・ちび・わば」というように、一音節ごとにバ行の同じ段(母音)の音を入れて話す。国語辞典の解説では、はさみ言葉と呼ばれて、江戸時…

「きゃりーぱみゅぱみゅ」の言い方

6、7年前にきゃりーぱみゅぱみゅが歌手で大ブレイクした頃、名前をかまずに言う裏技がラジオなどで話題になっていた。その時、自分が気に入った二つの方法を覚えて、機会を見つけては得意になって人に吹聴していた。さすがに今では旬を過ぎているが、秘蔵…

正直このまち、何もないよね

オリンピックで活躍した選手が拠点の地元にもどって、口にした感謝の思い。ふと耳にして、言葉の深さに驚く。彼女は、こんなふうに続ける。 このまちにいても絶対夢はかなわないと思っていました。だけど今は、ここにいなかったら夢はかなわなかったなと思っ…

みてみて、おにく、やけた

近くの商業施設の休憩用のスペースに立ち寄ると、テーブルを囲んで、若いお母さんたちが、食事とおしゃべりをしている。窓際のガラスには、大きな観葉植物が置いてあるのだが、二歳か三歳くらいの女の子が二人、鉢の前にちょこんと並んで正座している。鉢の…

人は必ず死ぬものだ、と村瀬さんは言った

30年間、介護の仕事で老いとむきあって、わかったことは、と村瀬さんは口を開く。 人は自分の思い通りにならない、ということです。そうして、人は必ず死にます。死ぬ前に人は、時間と空間の見当を失いがちになる。しかし、人間は自分の住み慣れた建物を血…

事ども、のこと

このブログの説明に、大井川あたりの事ども、と書いている。大井川と言っても、あの大井川ではなく、ネットの検索でも出てこないような、小さな河川の支流のことだ。そのあたりの事ども。しかし、事など、でいいところ、なぜこんな気取った言い回しをしてし…

虫の目、鳥の目、魚の目

虫の目と鳥の目の対比を始めて知ったのは、高校生のとき読んだ小田実の対談本だったと思う。小田は石原慎太郎に言う、お前は鳥の目だけれども、オレは虫の目でいくよ。それ以来、虫の目と鳥の目は、ミクロとマクロに一般化されて、議論には必要十分な武器で…

こころって困った宝だ (原田一言詩抄)

三枚目は、一番弱々しい言葉だ。そのせいかどこか頼りない書体で書かれている。しかし、僕はこの一枚が、一番原田さんらしい言葉だと思う。自分のこころを前にして、困り顔で立ちすくむ姿が目に浮かぶ。心は素晴らしいものであると宣伝される。しかし、本当…