大井川通信

大井川あたりの事ども

屋根の上の恐怖

先日来た台風で、この地域では久しぶりに強風が吹いた。そのあと数日して、何気なく見上げると家のテレビアンテナが倒れて、ワイヤーでかろうじて屋根の斜面にぶら下がっている。やれやれ。大手の電気店に聞くと、アンテナ交換になれば4万円くらいかかると…

『月と六ペンス』 サマセット・モーム 1919

読書会で『月と六ペンス』を読んだ。こういう機会がないと、確実に生涯読むことのない作品だ。モーム(1874~1965)が想像より現代に近い作家であること、とても面白い短編を書いていること、など知ることもできた。若い世代が中心の読書会なので、彼らの本…

懸造は岩壁にはりつくバッタである

宇佐神宮から内陸に入ったところに院内という町があって、そこには町のいたるところに大小の石の眼鏡橋がかかっている。その町の山深い集落に、龍岩寺がある。僕はこの寺が好きで、若いころから何回もお参りしてきた。 狭い石段を登ると、小さなお寺の建物が…

『魔障ヶ岳』 諸星大二郎 2005

考古学者稗田礼二郎が活躍する漫画「妖怪ハンター」シリーズの一冊。出版当時読んだときは、ラッパーの教祖が出てきたり、旧石器ねつ造事件を話題にしたりと、ストーリーもとっちらかった感じで、あまりいい印象ではなかった。そう思ったのは、物語の中心に…

テッド・チャン その他の短編

『あなたの人生の物語』を含む短編集(2003 ハヤカワ文庫SF)について、再読に備えての覚書。一読後のメモのため、間違いや誤解を含む。 ◎『バビロンの塔』 バベルの塔が完成し、天に届いたという幻想的な設定を、天の表面を「掘りぬく」ために塔に登る鉱…

新宿思い出横丁と『永続敗戦論』

今回の帰省では、喜多方ラーメン坂内ばかり食べていた。立川店、有楽町店、そして新宿思い出横丁店。坂内は、とろけるようなチャーシューが特徴なのだが、カウンターだけの小さな思い出横丁店は、歯ごたえのあるチャーシューが、それも他店の倍くらい入って…

鳥たちと出会う瞬間

めまいはなんとかおさまったが、凍てつくような寒さである。無理に用事を作って、昼休み外にでる。用水路の脇の道を歩いていると、水路の擁壁の上で、セキレイが争っているのを見つけた。セキレイは、尾が長くスマートな小鳥で、ハクセキレイが地べたを歩く…

ストーブ1号2号

外出から帰ると、玄関でいつものストーブ1号とストーブ2号のデコボココンビが出迎えてくれる。1号は、背の高い円筒形のハロゲンヒーター。2号は、小ぶりだが多機能の優れものだ。 妻は昔から,多少強迫神経症気味で、気になることは何度も確認しないと気…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その3)

この小説を原作とする映画『メッセージ』(原題はArrival)をビデオで見た。原作と比較しながら見たために、純粋に映画自体に入り込めなかったかもしれない。普通に見ていたなら、上質なSFとしてもっと楽しめただろうと思う。 映像になると、異星人や彼らと…

古建築は大地にうずくまる甲虫である

普門院の境内に入ると、そこには不穏な空気が漂っていた。石灯籠は倒されて、池の水は干上がっている。本堂に上がる石段は、大きく波打っており、大樹の切り株ばかりが目立っていて、造成地のようなガサツな雰囲気になっている。 7月の九州北部豪雨のために…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その2)

主人公は、ヘプタポッドの文字群をマンダラのようだと述べている。前回書いたように、言語の形式的な特徴のみで未来をのぞくことは難しいとしても、この言語に宿る実質的な別の力によってそれが可能になるのではないだろうか。人類がもつもので、この言語に…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 1998(その1)

僕にはもう10年以上やっている少人数の勉強会がある。毎月開催が理想だが、何年もあいてしまったこともある。今のメンバーは、文学、映画、現代美術が専門のAさんと、映画など映像関係が専門で博覧強記のYさんと、三人でやっている。多少の批評好きという程…

キッザニアのマーケティングに学ぶ

キッザニアの立ち上げから関わってきたマーケッターの関口陽介さんの話を聞く機会があった。キッザニアは、主に小学生を対象にして、リアルな職業体験を提供する教育娯楽施設で、今大変な人気だそうだ。ライバルの多い子供向けの施設の中で、独自の市場を獲…

橋を渡って

読書会のはじめにある参加者同志の自己紹介で、よく話に聞いていた息子の親友が、その場にいることを知った。お互いに驚いたが、せっかくだから会の終了後、場所を変えて話すことにした。二人で商店街を抜けて、街の中心を流れる川にかかる橋を渡る。このあ…

『古代から来た未来人 折口信夫』 中沢新一 2008

地元の大井川の周辺を歩くと、まず目につくのは、平地に広がる田畑である。あるいは、里山に植林された針葉樹であったり、斜面に広がるミカン畑であったりする。大地や川や山は「物質」であり、それが育む稲や麦、果実は「生命」だ。集落には人々が住み、田…

泉福寺仏殿 大分県国東市(禅宗様建築ノート1)

今から30年ばかり前、国東半島をドライブして、泉福寺に立ち寄ったことがある。事前に情報はなかったのだが、思いがけず本格的な中世の禅宗様仏殿を見つけて、興奮して撮った写真が今でも何枚も残っている。熱心に観察する若者の姿が目に留まったのだろう、…

ブログを書く理由

ネットに弱いということもあって、SNSで何か書く気持ちはなかった。社会人になってからは、何かを発信する欲求や、それで承認を得る欲求については、少人数の勉強会や読書会、個人あての通信の形式で満たすような習慣がついていて、それで不満もなかった。漠…

安国寺で足利尊氏に出会う

人間の顔がどれも同じに見えてしまうという病があるそうだ。たしかに人の顔はどれも似たり寄ったりのはずだが、そこに様々な表情や美醜、精神の高下まで読み解く能力は、ふだん当たり前のように使ってはいるものの、特別な力なのだろう。人の顔を覚えるのが…

大学二題

早朝、国分寺駅周辺を散歩。オナガの十羽ばかりの群れが飛ぶ。清宮熱が冷めない早稲田実業の脇を抜けると、住宅街の先に、学芸大がみえてくる。守衛さんに声をかけると、市民には開放していると教えられ、広々としたキャンパスに入った。銀杏等の紅葉が見事…

『死者の書』折口信夫 1943

ある読書会で『死者の書』を読む。課題レポートを事前に提出するやり方は初めてだったが、とてもよく機能していた。読書会で起こりがちなのが、発言者と発言内容がかたよってしまうことだ。そして、悪貨は良貨を駆逐するの言葉どおり、本の内容から離れた世…

文壇バーにて

仕事で参加した大きな会議の懇親会を抜け出して、中央線のとある駅前に向かう。目当ての店は、繁華街を縦横に歩き回っても見つからない。ガード下でたまたま自転車を止めている人に尋ねると、びっくりした顔で、今からその店に行くところだと言う。二人がよ…

伊東忠太二冊

東京帰省時は、国分寺北口の小さな古本屋に寄るようにしている。神田や早稲田の古書店街に寄る気力や関心は、もはやない。ネットでたいていの古書が手に入るし、それも綺麗なのにはびっくりする。勝手な推測だが、僕が若い頃欲しかった本を購入した年長世代…

引揚者と米軍ハウス

終戦後、博多港には、海外の一般邦人140万人が満州、朝鮮半島から引き揚げてきた。博多の街中の聖福寺境内には、引揚者のための聖福病院と、医療孤児収容所の「聖福寮」が作られて、多くの孤児たちが看病を受けたということを最近知った。 聖福寺は、日本最…

現代教養文庫のラインナップ

現代教養文庫は一風変わった文庫だった。文学と古典が中心だった老舗の文庫に対して、新書に入るような入門書や、単行本のような評論集、翻訳もの、変わり種の小説など、ごった煮のようなラインナップだった。社会思想社の文庫だから、社会科学系もそろって…

『やまとことばの人類学』 荒木博之 1983(中動態その6)

この本も『中動態の世界』への不満から、積読の蔵書から手にとったもの。その点でいえば、日本語が、ヨーロッパの言語と同様に能動対受動を根本的な対立としているかのような妄言を、完膚なきまでにたたきつぶしている。しかも、きわめて具体的に、そして平…

ツグミが来た日

先月末からしつこいめまいに苦しめられているのと、冷え込みがきつくなったこともあって、外歩きがすっかりご無沙汰になってしまった。大井川歩きの名がすたる。 昼休み、おそるおそる職場の近くの林を歩いたのだが、ヒヨドリのせわしない鳴き声の合間に、プ…

詩人村野四郎のこと

鹿は 森のはずれの/夕日の中に じっと立っていた/彼は知っていた/小さな額が狙われているのを/けれども 彼に/どうすることが出来ただろう/彼は すんなり立って/村の方を見ていた/生きる時間が黄金のように光る/彼の棲家である/大きい森の夜を背景…

虫の目、鳥の目、魚の目

虫の目と鳥の目の対比を始めて知ったのは、高校生のとき読んだ小田実の対談本だったと思う。小田は石原慎太郎に言う、お前は鳥の目だけれども、オレは虫の目でいくよ。それ以来、虫の目と鳥の目は、ミクロとマクロに一般化されて、議論には必要十分な武器で…

哲学者廣松渉の少年時代

本屋に行ったら、岩波文庫の新刊の棚に、廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が並んでいた。初めての文庫化ではないが、岩波文庫に入るのは古典として登録されたようでまた格別だ。廣松渉の逝去から、もう20数年が経つ。僕自身は、廣松さんの話を直接聞い…

『小さい林業で稼ぐコツ』農文協編 2017

農家の仕事なら、ふだん目にするから、なんとなく想像できる。林業となると、見当もつかなかったが、近所の里山に出入りするようになると、植林された林や、伐倒の跡など、林業の痕跡を意外に身近に見ることができた。しかし、今、山が荒れているとよく耳に…