大井川通信

大井川あたりの事ども

ため池のカイツブリ

数日前からため池の水がみるみる少なくなり、もう真ん中付近に大きな水たまりが残っているだけになった。カイツブリの夫婦の姿は見えなくなったが、今年生まれたヒナ4羽は、日に日に小さくなる水面にポツンと取り残されている。カイツブリは成鳥でも飛ぶのが苦手そうだから、幼鳥が飛んで逃げ出すのは無理だろう。

今日は仕事が早く終わったので、まだ暑い中金網に寄りかかってのぞいてみると、水の流出はとまっているようで安心した。よく見ると、水たまりには大量のオタマジャクシが取り残されたようで、酸素不足なのか水面に次から次へと顔を出している。餌には困るまい。また、直射日光による水温上昇のためか大量の真っ赤なザリガニが折り重なるように水辺に殺到している。親鳥がザリガニを飲み込むのは見たことがあるが、ヒナには無理にちがいない。

すると、水辺を歩いていたハシボソガラスが、一匹のザリガニの前に立ちふさがる。ザリガニは瞬時に立ち上がり、バンザイするように両手のはさみを広げて、せいいっぱい威嚇する。しかし、カラスの鋭い嘴で食いちぎられて投げ飛ばされると、すぐに動かなくなった。カラスは、頭の部分の殻を除いて、器用に無駄なく腹に収める。エビみたいだから、こちらが見てもおいしそうだ。三匹目まで平らげて、四匹目には手を出さなかった。大げさにバンザイしつつ、すぐにやられるザリガニの姿が滑稽で目を離せなかったのだ。同じ生き物なのに、カイツブリのヒナの窮状には心を痛めて、ザリガニの惨劇を面白がる。人間は勝手なものだ。

その時、偶然、ため池の管理をする人が、水を抜きにやってきた。最後にため池の泥を抜いてすっかり乾かしてしまうのだそうだ。その時には、ヒナを捕まえて別の池に移すことができるかもしれない。僕は事情を話して、とりあえず水を抜く前に連絡してもらうことにした。彼は快く引き受けて、ため池の仕組みなどもていねいに教えてくれた。幸い権限があるというタグマ区の農事組合長さんは、以前聞き取りをしたこともあり、知らない人ではない。その時に何かできるかもしれないし、できないかもしれない。ただし、自宅から歩いて行って帰ってくる範囲内の小さな世界の出来事には相応の責任をもつ、という大井川歩きの精神には適ったふるまいだとは思う。

ため池の管理人は「わしらはあの鳥をケツブリと呼んでいる」とつぶやいた。思い付きの提案をする僕などより、はるかにこの土地の自然や歴史にひたった佇まいで。