大井川通信

大井川あたりの事ども

佐藤武夫と幻の塔

藤武夫(1899-1972)は、母校早稲田大学の大隈講堂(1927)の設計で建築家の仕事を開始する。キャンパスの外に少し斜めに構えて建つ講堂と、その左端にそびえる大振りな時計塔。その非対称で明快な姿を僕は気に入っていた。地元の県立美術館も彼の設計で、ボリュームのある水平の低層棟と垂直な塔の組み合わせという特徴を備えている。

今住む町は、かつては地域の中心街で、近隣から人が集まる大きなスーパーがあった。その屋上駐車場の端には、店名の看板が四角い塔のように堂々と据えられている。散歩の途中、この建物のシルエットを見上げるたびに、ひそかに大隈講堂を思い浮かべるようになった。しかし、この10年ほどで、近場にショッピングモールが次々にできて客足がめっきり減り、ランドマークの張り子の塔ごとあっさりと解体されてしまう。そして、周囲に駐車スペースを十分にとった平屋のスーパーに建て替えられた。確かに買い物はしやすいが、低コストの店舗はどこか物足りない。

ところが最近、駐車場の出入口で店名を高く掲げる鉄塔の存在に気づいた。戦後佐藤武夫が設計した市庁舎には、大きな本館から少し離れて、独立に細長い塔を建てる構成が多くみられる。看板用の鉄塔はありふれたものだが、あらためて低層の店舗と関連させてながめると、佐藤の庁舎建築のイメージが重なってきた。本当ならもう少し塔に高さがほしいところだが、それは贅沢だろう。大井川歩きに「見立て」の面白さがまた一つ加わったような気がしている。