大井川通信

大井川あたりの事ども

だじゃれを言ったの、じゃ、だ〜れ?

そのダジャレ名人は、当時東京郊外の団地にある塾で教室長をしていた。商店街の古い木造の二階屋を教室にしたもので、隣のパン屋のおやじが、塾生の自転車が店の前をふさいでいると怒鳴り込んでくるような環境だった。長身で洋楽好きのダジャレ名人は、学生アルバイトや生徒からトミーと呼ばれて慕われていた。

僕は、いくつかの教室をかけもちで授業していたのだが、ある日その団地の教室に教えに来た時、事務室の汚い壁に、一枚の張り紙を見つけて、うなってしまった。

「なすがまま、きゅうりがぱぱ」

味わい深い日本語を出発点にして、見事な対句で、おかしみのある上品な絵柄へ転換している。まるで武者小路実篤の野菜画の世界だ。僕は感嘆しながらも、いつかはこの題材で、これに匹敵する作品を作ってみたいと、ひそかに闘志を燃やしていた。

「なーすがまま、どくたーがぱぱ」

しばらくして、このダジャレを思いついたときには得意になって、だいぶ吹聴して回った記憶がある。今みても、元の作品の格調には遠く及ばないものの、それを受けての破調の展開としては悪くないのではないか。

俳聖ならぬ「洒落聖」同志のしのぎをけずる交流は、しかし歴史の闇に沈んで、思い返されることもない。ただ、今こうして記録すると、いかにも80年代らしい話に思えるのは、30年の時間の経過のなせるわざだろうか。