大井川通信

大井川あたりの事ども

ハラビロカマキリの闘い

砂浜を歩いていると、波打ち際を歩くカマキリが目に止まった。緑色が鮮やかで、腹が平べったいハラビロカマキリだ。なぎとはいえ外海だから、カマキリの左側からは、大きな波音が響き、時には波が届いて、カマキリの足もとをさらったりする。明らかに海の側は危険なのだ。にもかかわらず彼は、右に逸れることなく、大胆にも海に平行に歩き続ける。

ついに大波が来て、カマキリの身体を海水の中で何回転かさせて砂浜に押し戻した。波が引くとき、足の一本が砂に埋もれて動けなくなるが、次の波でようやく脱出する。すると彼は、今度は海に向かってまっすぐに歩き出したのだ。やがて胸をはって立ち止まり、悠然と自分の武器であるカマの手入れを始めた。あれだけ波に翻弄されても、全く闘志が衰えていない。勝算があるのか。

しかし数回の小波には、一歩も引かなかったものの、最後の大波にはあっけなく飲み込まれて、濁った海に姿を消してしまった。やはり、勝ち目のない闘いだったのだ。

 田んぼの王者タガメも、水に落ちたカメムシが進化したものだと本で読んだことがある。水に落ちれば、間違いなくカメムシは死ぬ。途方も無い数の失敗と犠牲の果てに、今の水生昆虫たちは命を得たのだろう。そこには、無数の個体をつらぬく、とてつもなく強靭な生きる意志があったはずだ。海中に消えたカマキリの中にも、その無機質の巨大な意志は力を及ぼしているのだろう。

 

★ところが、である。ふと気になって調べてみると、ハラビロカミキリのこの行動は、寄生虫ハリガネムシに「洗脳」されてのものであって、彼の闘争心によるものでないことがわかった。本来はハリガネムシの生息域の淡水に誘導したいところだが、研究によると水のキラキラに魅かれる物質を脳内に注入されるので、今回のカマキリのように海辺にやってきてしまう宿主もいるのだそうだ。しかし、海辺でのやや中途半端な行動は、そこが誤った目的地であることと関係があるのかもしれない。

いずれにしろ、水辺で紐のような身体の寄生虫が抜け出した後のカマキリやバッタが餌となって、水中の生態系が維持されている側面もあるらしい。巨大な意志というよりは、トリッキーな策略と狡智のたまものというべきか。