大井川通信

大井川あたりの事ども

独りを知る そこにみんな (原田一言詩抄)

ここでは、一見「人知れず私」とはまったく反対のことが書かれている。しかしここに矛盾を見る必要はない。まずは人知れない〈私〉として世界に登場したあとの自分は、つまり「世界内存在」としてある自分は、世間知や宗教や科学がいうように、ありふれた共通項としての一種の模造品にすぎない。一個の人体を研究することが人類一般の真理を明らかにする。それどころか、かつてマルクスが喝破したように、個人は「社会関係の結節点・総体」であるから、個人の観察が社会全体の真理を明らかにしうる。岸田秀は、フロイトの方法を駆使して、自分の神経症の症状とそれをもたらした母親との私的な関係を徹底して見つめることだけから、日本近代史の展開から時間や空間の発生まで説明可能な岸田唯幻論を作り上げた。

「独りを知る」ことは「そこにみんな」を見ることだ。これは、この世界内においては、もっとも普遍的な知恵なのかもしれない。原田さんの認識もそこに届いている。しかし、これには原田さんの個性はあまり感じられない。そのためか、数十枚おかれた短冊やカードの中に、この言葉は三枚も書かれていた。