大井川通信

大井川あたりの事ども

文壇バーにて

仕事で参加した大きな会議の懇親会を抜け出して、中央線のとある駅前に向かう。目当ての店は、繁華街を縦横に歩き回っても見つからない。ガード下でたまたま自転車を止めている人に尋ねると、びっくりした顔で、今からその店に行くところだと言う。二人がようやく並んで歩けるくらいの路地を、知り合ったばかりの常連と連れ立って歩く。

7、8席のカウンターだけの小さな店だけれども、昭和30年にマスターの母親が始めた店で、大江健三郎吉行淳之介が来ていたという。今も客は、映画や音楽関係の年配者が多いようだ。琵琶の奏者から、新作のCDを買う。彼らにまじって、左翼知識をネタにしながら、久しぶりに楽しく酒を飲んだ。

この店のママが僕のいとこで、夫婦で店をやっているから、いつか訪ねたいと思っていたのだ。彼女とは年が近く家が隣だったから、子どもの頃、部屋に「基地」を作って遊んであげたりしていた。

帰りには路地の出口まで見送りに来てくれる。お互い残りの時間をしっかり生きよう。言葉にはしなかったが、そんな気持ちで別れた。