大井川通信

大井川あたりの事ども

『東京少年昆虫図鑑』 泉麻人(文) 安永一正(絵) 2001

泉麻人は、僕より5歳ほど年長だ。高度成長期の東京で5年の差というのは大きい。ただし23区内に育った泉よりも、はるか西の郊外育ちの僕の方が自然に恵まれていたとはいえるだろう。いずれにしろ、虫をめぐる共通の体験が、当事者ならではの重箱の隅をつつくような細やかさで描かれていて、胸が熱くなる。

たとえば、日中庭に飛んでくるゴマダラカミキリの光沢のある宇宙服を着たような姿や、クチナシの木に現れるスズメ蛾の一種オオスカシバのハチのようなホバリングとか。うすぐらい便所には、気味の悪いカマドウマがいて、出窓の下の砂地には、アリジゴクの巣があった。そうそう、アメリカシロヒトリという白い小さな蛾が、害虫としてひどくおそれられてもいた。

何より驚いたのは、セミのツクツクホウシの鳴き声の忠実な聞きなしだ。これは僕の特技で、これをしている人を知ったのは初めてである。もちろん仮名による聞きなしなので多少表現は違うが、まったく忠実に再現している。「ジーツクツクツク」で始まり、「オーシーン、ツクツク」を次第にテンポを上げながら繰り返し、最後に「モーイーヨー」を三回ばかり繰り返してから「ジー」で終わるというのが僕流の聞きなしだ。種明かしをすると、僕の場合、小学校の夏休みの自由研究でツクツクホウシの鳴き声(回数)の研究に取り組んだことがあるのだ。

もちろん著者の方が、虫に対する情熱ではるかに勝っていて、観察眼も記憶力も文章力もかなわない。現在の大井川歩きでも、この本は虫に向き合う上でのバイブルとなっている。ネットで中国語の翻訳があると知った。マイナーな本だと思うが、慧眼の士がいるものだ。