大井川通信

大井川あたりの事ども

給水塔の話

年末、海に近い町の小さな本屋さんを夫婦で訪ねた。古い時計店を改装したお店で、前の半分はカフェとなっている。妻が盛んにカフェの方の店主に話しかけて、コーヒーの注文をした。あとで聞くと、イケメンだと興奮している。薬を変えて体調が戻り、そんな元気もでてきたようで何より。後ろの半分は、文豪の名前に由来する店名の本屋さんで、とても感じのよい女性店主がセレクトした本が並んでいる。普通の新刊書店で見たことのないような手作りの詩集なども。

そこで、給水塔の写真集を買った。パラパラめくると、全国の風景の中で、様々な形の塔を楽しむことができる。僕の実家近くの団地にも、円盤型のタンクを高く掲げた給水塔がそびえていたけれども、いつの間にか撤去されてしまった。つい先日、職場の旅行で立ち寄った駅にも、レンガを円形に積んだ給水施設があり、かつて蒸気機関車の給水に使った貯水槽の台座だという。こちらは産業遺産として保存されていた。

高低差を人為的に作って給水を行う。その機能は単純で、ある意味見え透いている。塔というものに備わるべき神秘性や象徴性とは、かなり縁遠い。だから、塔として正しく仰ぎ見られることなく、ぬっとした異物感だけを残して取り壊されてしまうのだろう。近年はポンプ等を使った給水システムの進化で、役割を終えつつあるようだ。

地元の大井川のダムはもともと水道用に作られたもので、ダムの水を里山の上の配水タンクにくみ上げ、それを各家に給水していた。ところが別ルートから安価な水が確保できるようになったため、このシステムは不要になってしまった。山腹にUFOが不時着したみたいな巨大タンクは用済みとなり、給水塔ならぬ給水山の使命もおわり、こんどはソーラー発電施設のために山肌を削られるにまかせているのは、気の毒だ。