大井川通信

大井川あたりの事ども

『稼ぐまちが地方を変える』 木下斉 2015

昨年から、地元のまちづくり関係のワークショップや話し合いの場に出るようにしている。そこで驚いたのが、若い不動産オーナーが、コミュニティやまちづくりの構想と実際の経営とを両立させていることだった。あるいは、古い空き家の再生や活用を、新たなマーケットを見出して事業化している若い人もいる。

もう化石的な思考と言われても仕方ないが、所有とか市場というものは、最終的には人間の解放ではなく疎外に結び付く、という臆見がある旧世代としては、彼らの前向きでしたたかなふるまいには、まったく目からうろこが落ちる思いだった。どこかしら、資本主義がベースの世界ではしょせん世の中は良くならないとか、日本の政治や社会風土の下ではどうしようもないとか、他に責任をかぶせて斜に構えることを良しとしてきたのだ。

著者は、まちづくりの新しい動きや流れの先頭を走ってきた人で、その試行錯誤の成果を惜しげもなくマニュアル化したのがこの本だ。一見、民間企業のマネジメントの発想を取り入れることを主張しただけの、ビジネス書みたいな装丁の新書だけれども、まったく違う。真に知的で、理論的で、倫理的な本だと思う。地元の土地につながっている人間が、当事者意識をもって動かないかぎり、地方をよくすることはできないというのが著者の主張の眼目だ。

ここでは所有とは、単なる資産ではなく「土地への絆」と読み替えられる行政主導の補助金頼みの事業では、事態を悪化させるばかりだ。責任を担う覚悟をもった人たちが自前でできることから初めて、地域へ波及させる。そこで培った先端の実践知を、広く公開し交換して、全国的な課題解決へとつなげていく。

著者の志は高い。既存の社会制度や風土のウィークポイントを的確について、それを改革する方法と展望を明確に示している点で、これこそ化石的な語彙だが、本当の意味での「革命理論」といっていい気がする。それが、こんなさりげない形で本になっているのが、時代の新しさということだろうか。

稼ぎとは無縁のささやかな営みだが、土地との偶然的な関係に賭けているところは、大井川歩きも同じだといってみたい。