大井川通信

大井川あたりの事ども

中村宏の「天国と地獄」

たまった新聞をめくっていたら、いきなり中村宏の名前と見慣れたタッチの絵が目に飛び込んできて、驚いた。本当に久しぶりに彼の画集を開いたばかりの時だったので。まさか、こんな形で彼の具象画の新作を見ることができるとは思わなかった。少していねいに読むと、新聞は、びっくり箱のようなふり幅の大きさをもっている。

毎回、描き手が好きな映画に関連してイラストと文章を載せるという記事で、中村さんは、黒沢明の「天国と地獄」(1963年)を挙げている。身代金を特急列車の窓から投げるシーンについては、僕の父親も熱心に話していたことを思い出す。しかし、走る列車と車窓という中村さんの重要なモチーフが、このシーンをヒントにしていたとは知らなかった。

中村さんの美術館での展覧会は、97年の練馬区立美術館、2007年の東京都現代美術館での大規模な回顧展、そして2010年の練馬区立美術館と欠かさず観ている。二回目の練馬の時には、美術館のカフェコーナーに、画家らしき人が座っていたので、思い切って話しかけると、やはり中村さんだった。意外なほど物柔らかな印象で、小学生からのファンに対して、あたたかくていねいに質問にも答えていただいた。これも何かの縁だと思って、その後、中村さんの版画を何枚か手に入れたのだが、その中には、列車と女学生が描かれたものもある。

中村さんは、今年で86歳になるはずだ。お元気で創作を続けられているのがわかって、嬉しい。