大井川通信

大井川あたりの事ども

『消えた2ページ』寺村輝夫・中村宏(絵)1970

小学生時代に学校の図書室で読んだ物語。劣等生の友太は、妹に読んであげた童話「逃げだせ王さま」から抜けていた2ページを探すうちに、その童話の世界に迷い込んでしまう。町はずれの横穴や夜の電車が、異界への入り口となる展開は巧みだ。そこでは、わがままな王様と、わがままに反対する家来たちが対立しており、友太はその争いに巻き込まれる。家来たちから、何でも自分のやりたいことの反対をやる「はんたい学」を仕込まれた友太は、現実世界にもどって急に優等生と認められるが、突然姿を現した王さまにそそのかされて、再び隠れていたずらを楽しんでしまう。最後に友太は、わがままでも「はんたい学」でもない、自分の考えを求めて力強く航海に出発する。

当時、中村宏は児童書の挿絵を多く描いていたが、特にこの作品では、異世界やその住人たちを不気味に描いて、多くの子どもたちに衝撃を与えた。同級生で飛びぬけた秀才だったS君もその一人で、僕は彼からすすめられた読んだのだと思う。だから、1996年に練馬の美術館で中村宏展があったときには、久しぶりにS君を誘って二人で観た。当時新聞社でオウム事件を担当していたS君と、事件の解釈について語り合ったことが懐かしい。

2010年に再び練馬区立美術館で展覧会があったときには、偶然、ロビーのカフェで中村さんと話をすることができた。その時は『消えた2ページ』の挿画を書き換えた経緯などを聞いたと思う。1970年の初版と、1983年の再版(及び1996年の文庫版)とでは挿絵が異なっている。初版の絵の方が荒っぽく、不気味さや怖さはストレートに伝わってくる。以前再版を手に入れて読んだときには、やや物足りなかったのを記憶しているが、今回、古い初版で久しぶりに読み直してみると、昔のようにのめり込んで面白く読むことができた。やはり挿絵と造本の原体験は大きいようだ。

60年代の政治運動の世代とは別に、70年代に児童書を読んだ年少の世代にも、中村宏のファンは潜在的に多いはずだ。長年のあこがれの画家を前にして、僕は興奮気味にそう力説したが、中村さんにはどんなふうに聞こえただろうか。