大井川通信

大井川あたりの事ども

檸檬忌に書店に爆弾を仕掛けそこなった話

とある町の古本屋に久しぶりに出かける。棚をひととおりながめて、とくに欲しい本がなかったので外に出た。そういう時、出入口からさっと姿を消すのは不人情のような気がして、店先の百円の本が並んだ箱の前で立ち止まって、ちょっと本を探すふりをする。すると、店のガラス窓にこんな張り紙があるのに気づいた。

この店の名前が梶井基次郎の小説からとっていること。そのため、梶井の命日である檸檬忌には、お祝いの催しをすること。立ち読みでもいいから、ぜひ『檸檬』を読んで欲しいこと。

何より驚いたのが、檸檬忌というのが、3月24日、つまり偶然にも今日ということだった。僕はすぐに店の中にとって返して、目星をつけていた一冊を手に取ると、少し興奮して店主に話かけた。手ぶらで帰ろうとしたけれど、お店にとって大切な日みたいだから一冊買うことにしました、と。ちょっとした遊び心のつもりで。しかし、もともと店内には特別な催しの気配はない。店主はすまなそうに、張り紙が以前のものであり、今年は古本市の出店準備で忙しいのだと話す。名前を借りただけですからと、この話題にさほど気乗りしない様子だ。

かってに当てが外れたように思ったけれど、家に戻ってから、本当に久しぶりに『檸檬』(1924)を手に取った。そして驚いた。初めの一行から最後の行まで、細かい語句や言い回しにいたるまで、既視感があるというか、生々しく身体に入っていたのだ。梶井基次郎(1901-1932)の短編集を読んだのは、学生の頃だ。数十年体内で生き続けるこの文体こそ、読む者に仕掛けられた高性能の爆弾なのだと納得する。