大井川通信

大井川あたりの事ども

『ハードカバー 黒衣の使者』 ティボー・タカクス 1988

若いころ、ホラー映画のビデオばかり見ている時期があった。現実逃避の時間つぶしだったような気がするが、なんとなく忘れがたい作品もある。家族にこの作品をリクエストされたので、埃をかぶったVHSのテープと再生機を取り出してきて、久しぶりに観た。

主人公を演じるジェニー・ライトが美しく、ゴシックホラー調の映像の雰囲気もとてもいい。また、古本と古書店の物語でもあると、あらためて気づいた。主人公は、大きな古書店に勤めていて、仕入れた古書の中から、無名の作家のホラー小説を見つけて引き込まれる。それは悪魔のような生き物を作り出したり、自身を切り刻んだりする怪人物の物語なのだが、作者の創作ではなく、ノンフィクションと注記されていた。やがて、物語の中の怪人が、実際に彼女の目の前に現れて人殺しを始める。

彼女が本を開く場面に続けて、唐突にホラー小説の場面が現れる。そこでは読み手である彼女が小説の中の主人公を演じている。主人公が怪人に襲われて絶体絶命のピンチに陥った時、場面は再び、彼女が本を読む場面に切り替わる。とてもシンプルな切り替えと並列なのだが、これだけで、主人公の読書体験を観る者に説明できることが面白かった。現実と小説の世界をこんな風に並べることができるのであれば、この作品のように、二つの世界の住人を平行移動させてごちゃまぜにすることも可能だろう。小説にのめり込むことで、主人公はこの世界にとんでもない悪意と不幸を引きずり出してしまったのだ。

小説の読書というのは、ありふれているけれども、とても不思議な体験だと思う。それを映画や演劇で再現しようとすると、とても高度な手法や訓練が必要になったりする。現代では、そのためのデジタル技術の発達が目覚ましい。しかし、そういうものをはぎ取っていくと、物語を読むことの原型に近づけるような気がする。それはおそらく、この世界で生きることの秘密、を問うことに等しいだろう。

彼女の住むアパートの向かいのビルにピアノの修理店があって、彼女は毎晩、遅くまで明かりをつけて作業する調律師を何気なく見下ろしている。いったいなんの暗示だろう。すると、ある晩、小説の怪人が調律師を襲って殺し、彼女が窓からそれを目撃することになる。どこか懐かしい、悪夢のようなシーンだ。