大井川通信

大井川あたりの事ども

『目羅博士』 江戸川乱歩 1931

読書会で乱歩の作品を読んでいる時、隣の席の若い女性の参加者が、『目羅博士』が好きだと言った。『目羅博士』は、かつて僕も、乱歩の短編の中で一番好きだった。読み直してみると、少しも色あせてなくて、嬉しかった。ごく短いものだが、構成も内容も文体も完璧だ。

乱歩自身と思しき作家が、閉園間際の動物園で、奇妙な若者に出会う。彼は器用に猿に自分のまねをさせるのだが、夜の不忍の池を見ろしながら、彼から打ち明け話を聞くことになる。彼が、銀座のビルで管理人の仕事をしていた時、裏通りに面したビルの部屋で連続で自殺者がでる。それは、裏通りを挟んで背中合わせのビルがまったくの相似形という偶然を利用した、眼科医の老人目羅博士の犯罪だった。それを見抜いた若者は、目羅博士の裏をかこうと試みる。

乱歩の作品が古びないのは、それが人間の存在の普遍的な在り方をつかんでいるからだと思う。それを極端の形で提示するから、一見おどろおどろしい見世物に見えるのだが、人間理解の芯を外していないので、いつまでも新鮮さを失わないのだ。

目羅博士では、いうまでもなく、それは「模倣」だが、それとセットになった「競争」の要素も加わっている。人間は他者への同一化を求めると同時に、差異化を求めざるをえない存在だ。「模倣」欲望を利用した犯罪をめぐって、目羅博士と若者との「競い合い」が小説の山場となっている。そこに「月光の魔力」という古来の要素と、「都会の峡谷」という近代の要素とが、贅沢な舞台装置として加わるのだからたまらない。

目羅博士のキャラクターも、後の少年探偵団もので暗躍する怪人の原型のようだ。