大井川通信

大井川あたりの事ども

光明遍照十方世界

僕は理屈としては、仏教では浄土真宗曹洞宗に親近感を持っている。現実の巨大教団のあり方には問題があるのだろうが、それらの宗派の思想は精神性が高く、教えとしてシンプルで、虚飾がないという印象があるからだ。

葬式仏教は、考え方によっては、本来の仏教に後付けされた不純な夾雑物ということになるのかもしれない。しかし、この社会にどっぷり浸って生きていると、やはりお葬式に仏教はしっくりくる。

今日の葬儀は天台宗の「導師」にお願いすることになった。宗派名を聞いたときは、少しがっかりしたのだが、実際のところとてもよかった。念仏系の葬儀に参列することが多いのだが、あらためて密教の良さに気づいた。

導師は、不思議な手の動きや見慣れぬ道具で、秘術を使っているかのようだ。小声で呪文を唱えたかと思うと、朗々と読経する。棺に、仏の描かれたカードをまく。まったく非日常的な所作だ。

人が亡くなる。そのとうてい理解できない出来事に向けて、想像を絶する深淵に向けて、故人を知る人たちが心をそろえて祈る。仏教も導師も、その不可能を可能にするためのスプリングボードだ。だからそれは、できるだけ日常の意味から離れた、不可解で形式的で透明な媒介であるべきなのだ。言葉は悪いが、俗臭の強い念仏の合唱や訳知りな住職の講話では、もはや現代人には、外の世界への媒介となりえない。

導師が若く清潔感があり、とらえどころない風ぼうで、言葉少ななのも、あくまで媒介者に徹しているようでよかった。

「光明遍照十方世界」(こうみょうへんじょうじっぽうせかい)

導師の読経から、この言葉を聞き取ることができた。光はあまねく全てを照らす、われわれの世界も、死者の世界もともに。