大井川通信

大井川あたりの事ども

『塔の思想』 マグダ・レヴェツ・アレクサンダー 1953

国立駅前の古書店で見つけて、古い本だが面白そうなので買ってみたが、当たりだった本。池井望の訳で、河出書房新社から1972年に出版されている。

余談だが、若いころは古本屋が大好きだったのだが、いつ頃からか、人の手垢のついた古い本というのがダメになって、どうしても欲しいものかよほどきれいな本でないと、手を出さなくなった。子どもの頃、昆虫がまったく平気だったのに、ある時から生理的に難しくなるのといっしょだろうか。あと、古書店の本には、なぜか必ずかび臭い匂いがついている。家の本には古くてもあの匂いはない。今回、ビニール袋の中に無臭の消臭剤と一緒に入れて匂いを消す、という方法を学んだので、快適に読むことができた。閑話休題

僕は塔が好きだ。有名無名を問わず、塔を訪ねて見て回りたいという気持ちがある。電波塔にも、広告塔にも、送電塔にも、給水塔にも、火の見やぐらにも、もちろん五重塔にも、目を奪われてしまう。ただ、塔にあこがれるのは、多くの人に共通の気持ちのような気がする。

著者は、塔というものの、精神的な価値を端的にとりだす。地上の実用的な意味を逃れて、天へと垂直に上昇しようという衝動である。それは独立や自由や孤独という生活感情を代理し、それを見上げる者に驚きを与え、またその土地に無二の個性を与える。

以上はおおざっぱで自己流の要約だが、とにかく著者の記述は、刻み付けるように論理的で説得力がある。本場ヨーロッパの思想と建築の堅牢な構築の、結晶みたいな本だ。日本の建築の本だと、こうはいかないだろう。素人なりに、禅宗様建築の精神性について、いつか納得のいくように考えてみたいという気持ちがあるが、そのはるかに遠いお手本になるような本だった。

ところで著者は、塔の本質を上昇への衝動と規定したうえで、実際の塔には、それを純粋に動的に表したタイプと、静的で永続的な立体として表現したタイプの二種類があるという。日本の五重塔等の名建築は、おそらく後者の典型といえるかもしれない。それは上昇する運動を、水平へ広がる各層の重なりのうちに、瞬間的に凍結させている。まさに「凍れる音楽」(フェノロサ)のように。