大井川通信

大井川あたりの事ども

理髪店とあめ玉

僕が数年前から行っている理髪店は、理髪用の椅子が十台以上並んでいるけれど、先客がいることはめったにない。おそらく全盛時代は、何人も雇って羽振りがよかったのだろうが、今は年取った夫婦だけでやっている。70歳を超したかというご主人は、決まって「今、ちょうどすいたところで、良かったです」という言葉で迎えてくれる。(見え透いたウソだなんて、思ってはいけない)

僕は、ずいぶん前から、行きつけの理髪店で髪をきってもらったり、顔をそってもらっている間に、うとうとと寝入ってしまうようになった。振り返ると、ふだんの暮らしの中で、この時間が一番心地よい時間のような気がする。

今日もそんな風に気持ち良い眠りから起こされて、いざ椅子から立ち上がる間際に、「さあどうぞ、さあどうぞ、もっていってください」と、あめ玉を五つばかり握らせてくれるのも、まったくいつも通りのことだ。(今時あめ玉なんかで大袈裟な、なんて考えてはいけない)

初めの挨拶から、あめ玉のお土産まで、ご主人は儀式のような正確さで繰り返す。僕も、初めと最後のあいさつをいつもどおりするだけだ。永遠に繰り返すかのような、日常の好ましい風景。(しかし、それもやがて終わる)