大井川通信

大井川あたりの事ども

はさみでチョキン

もう20年も前の話だが、とても気難しい上司がいた。そのうえ、ほとんど口を開かない。部下が書いたあいさつ文を読み上げるときなども、すぐに声が小さくなり後半はほとんど聞き取れなくなる。僕はほんの若造だったから、職場で彼との接点はまったくといっていいほどなかった。

その職場では、バスを借り切って年に一度職員旅行に行く。そんなときには、僕は例の調子で軽口をたたきまくっていたのだろう。ずいぶん経ってから、その上司から、「あなたが言った、はさみでチョキンというのが面白かった」と話しかけられたときには、驚いた。

バスが波佐見(はさみ)という土地を通過したとき、おそらく、ここの土地の人は金持ちだ。なぜなら、ハサミで貯金、とか言ったのだろう。なお、このオリジナルのギャグは、その後進化して、お金を貯めるのが上手な生き物はなんでしょう。答えはカニ。ハサミで貯金、という形態になっている。これなら、波佐見でなくても使えるのだ。

それがきっかけになったのか、彼と何度か哲学や宗教の話をしたのを覚えている。彼は密教が好きだと言っていたけれども、僕にはその方の知識は乏しかった。ただ家が同じ市内だったから、仕事の縁がきれた後に、そんな話を自由にできる関係になれたらいいと密かに考えたりした。しかし、彼は定年後、まもなく亡くなってしまった。

最後に見かけたのは、生涯独身だった彼が、うどん屋で母親らしき人といっしょに食事をしていた後ろ姿である。