大井川通信

大井川あたりの事ども

「塩を編む」 渭東節江 (糸島国際芸術祭2018)

一年前に、八幡の古い木造市場を舞台に行われた現代美術展で、渭東さんの作品を観た。築後70年が経つ市場は、そのままで人々の歴史がしみ込んだ魅力的な環境だ。美術家たちは、その雑多なイメージを上手く取り込んだり、お店の歴史を引用したりしながら、視覚的に見応えのある作品をつくっていた。

その中で、渭東さんがまったく別のアプローチをしていたのが印象に残っている。市場の主役は、工場労働者の家庭を支える女たちだ。女たちは、工場の吐き出すばい煙に苦しみながらも、日々市場に通い、家族の生活を支えてきた。渭東さんは、かっぽう着を材料にしたオブジェなどによって、彼女たちの生活の歴史を作品にとりこもうとしていたのだ。

今回の芸術祭のテーマは、「マレビトの通り道」ということだが、ここでも渭東さんは、マレビトというあいまいで通りのいいイメージの底に、具体的な生活者の姿を見出そうとする。唐津街道を実際に往来した、シガと呼ばれる女行商人がそれだ。シガたちは、街道の先々のトクイと呼ばれるなじみのお客へと魚をとどけた。

渭東さんの作品は、今津湾の海水で作った塩や、紙の糸で編んだ船、天球儀、海図等が並べられ、それらのモノの配置を通じて、(不在である)行商の女たちの生活にこそ光源を当てようと仕組まれている。おそらく観る者には、自立的な作品を視覚で味わうという鑑賞法とは別種のかかわりが必要とされるだろう。

会場は、無人駅の小さな駅前広場に面して開かれた、まるで待合室のような小屋で、渭東さんの作品にはとりわけふさわしい場所のように感じられた。