大井川通信

大井川あたりの事ども

麻酔の恐怖(その1)

以前に足首の骨を折ったときに、全身麻酔の手術を受けたことがある。移動用のベッドに載せられ手術室に入っていくとき、仰向けに見上げる部屋の天井や医師たちの様子が、映画のシーンみたいで既視感があった。人生の最期に観る景色は、こんなものかもしれないと思う。口にマスクのようなものが取り付けられると、ストンと意識が落ちた。次の瞬間には、手術後の病室のベッドの上である。

だるま落としのように手術中の時間がはじき飛ばされて、その前後の意識がピタリとつながったように感じられたのは、不思議な経験だった。しかし、その後がいけなかった。おそらく部分麻酔がほとんど効かなかったのだろう。尋常でない傷口の痛さである。座薬をいれてもらい、なんとかしのいだ。

だから一年半後、足首の金具を外す手術のときには、麻酔への期待と不安があった。しかし期待はかなえられず、不安は杞憂だった。この時の全身麻酔は、なぜか時の経過が感じられるもので、眠りに入る感覚と、夢を見ているような感覚が残る。つまり、日常の眠りと変わらなかったのだ。

一方、部分麻酔の方は完ぺきに効いていて、何の痛みもない。それで、前回はほとんど効いてなかったと気づいたわけだ。しかし、身体の一部が麻痺して動かない、というのは、人工的に作り出した現象とはいえ、身体にとってはまちがいなく危機的な事態である。その危機は、また別の恐怖を導き出すだろう。当時のメモに、その詳細が書かれている。