大井川通信

大井川あたりの事ども

あべこべのひと

20代の頃、東京の塾で同僚だった知人と会った。

知人は僕よりいくらか年長で、今年塾を定年退職したそうだ。それで再就職までの時間を利用して、実家の隣町に住むお姉さんの看病で二カ月ばかりこちらに滞在しているという。僕が今住んでいる地方が、たまたま彼の出身地なのだ。彼はすでに両親を亡くして、空き家になった実家を処分している。大学から東京にでてしまったから、両親の世話などは、地元に残って独身で仕事を続けてきた姉に頼ってしまったのだろう。だから、残された姉のために親身になっているのかもしれない。

そういう家族間の事情が、僕とまったく同じなのに驚いた。ただ知人の実家が地方にあって、彼が東京で家族を持ったのとは逆に、僕の実家が東京にあり、僕が地方で家族をもったという違いがあるだけだ。

僕の実家の処分がこれからなのと、実家の隣町に住む僕の姉は、とりあえず健康であるという違いはある。ただ僕も、いままで迷惑をかけてきた姉のためなら、できるだけのことはしたいという気持ちがある。

還暦という節目の知人に、今までの人生で何が一番よかったか聞いてみた。家族を持ったこと、と即答される。これは僕も同じ答えかもしれない。

ながく音楽を聴いてきた知人は、音楽についての批評を書きはじめようと計画しているようだった。これはちょっと意外だった。しかし、僕自身も、今まで生きてきたことのまとめとなるような文章を書いてみたいという希望がある。年齢的にそういう時期なのかもしれない。

お互いにエールを交わすような気持ちで別れる。