大井川通信

大井川あたりの事ども

『漂流怪人・きだみのる』 嵐山光三郎 2016

嵐山光三郎は、地元国立の近所に住んでいたので、街で見かけることがあった。夜の街角で、街灯に照らされて目の前を横切った自転車に、嵐山光三郎が乗っていて驚いたことがある。当時、人気テレビ番組に出演していて、顔は広く知られていたのだ。そのころはまだ、地元を舞台にした彼の青春小説は読んでいなかった。

本書は、最近になって文庫化。嵐山の名前と、痛快評伝、傑作、面白い、と書かれた帯にひかれて購入した。きだみのる(1895~1975)が戦後八王子のはずれの村に住んで、そこでの観察記録が評判になったということは知っていたので、きだについても知りたいと思っていたのだ。

嵐山が平凡社の編集部で、晩年のきだみのるに雑誌の連載を依頼し、各地のルポに同行した一年間の記録が主な内容になっている。1970年当時の世相と、若い編集者の仕事ぶりが伝わって面白かった。きだの経歴やその後のエピソードにも触れており、きだみのるという人物のアウトラインを知ることもできる。

なるほど、怪人物である。漂流ぶりもすさまじい。その漂流も、たとえば戦中派の、確かな原理を求めての漂流といったものではなくて、激動の近代化の中で、自己の実力を頼みにした精神的なエリートの漂流という印象である。

作家、知識人としての特権を振り回し、食や性についての欲望をむき出しにしての晩年の漂流は、痛快で面白いというより、かなり痛々しい。実子「みみくん」をめぐるエピソードもなんともやりきれないものだ。

どんなに痛々しくても、やりきれなくとも、これがむき出しの人間の姿だと納得させられる評伝。