大井川通信

大井川あたりの事ども

『木原孝一詩集』 現代詩文庫47 1969

木原孝一(1922-1979)は、田村隆一と同世代の「荒地」の詩人。昔から気になっていたが、今回初めて現代詩文庫を通読した。この詩人も57歳で亡くなっている。やれやれ。

イメージと構成の明快な思想詩を書いている印象があったが、似ていると思った田村隆一にははるかに及ばない。本当にいいと思えるのは、代表詩「窓」を始めとするいくつかの読んだ記憶のある作品ばかりだった。

 

生まれたその日から/そのことだけを習ってきた/この世界に橋を架ける できるだけ多くの橋を架ける

朝の逆光線のなかで/私はビルとビルとの細い隙間に橋を架ける/目的もなく/かけあしで急ぐひとの 心と心の裂けめに橋を架ける/だが/引き裂かれた心と心のあいだは/もうだれの手にもとどかない距離になっている

夕暮れの赤外線のなかで/私は過ぎゆく瞬間と来るべき瞬間に橋を架ける/理由もなく/うなだれて歩くひとの愛と憎しみのあいだに橋を架ける/そしていつかは/人間と人間とのあいだに/時と場所とのあいだに/どんな暴風雨にもこわれない橋が完成されるのを夢みる

生まれたその日から/そのことだけを考えて生きていた/この世界に橋を架ける できるだけ多くの橋を架ける   (「ちいさな橋」)

 

今回掘り出し物だったのは、この詩だけだ。いやこの詩もうっすら読んだ記憶がある。でもこの詩にあらためて出会えただけでも、詩集を読み返して良かったと思う。

一見稚拙な思想に思えるかもしれない。構成も単純で、言葉の細部に神経が行き届いているようでもない。けれど何度読み直しても、リズムにも比喩にもあきない。人間がそう願わないではいられない、祈りの核心がうたわれているからだろう。橋マニアの僕としても、たたみ重ねるような橋への思いはうれしい。