大井川通信

大井川あたりの事ども

『侵入者』 折原一 2014

叙述トリックを得意とする推理作家というイメージのある折原一(1951-)の、比較的新しい作品を読んでみる。90年代の前半の頃に、熱心に面白く読んだ記憶があるが、その後遠ざかっていた。

ミステリーファンでないのでおおざっぱのことしか言えないが、折原の作品は、叙述でだますだけのトリックから、叙述に様々な工夫をこらした小説へと進化していた。実在の事件をモデルにしたシリーズの一作で、世田谷一家殺人事件と板橋資産家夫婦放火殺人事件を題材にしている。

後者の事件が、前者の事件の近隣で3年前に起きたという設定。資産家殺人事件を扱った本を自費出版した自称小説家のもとに、一家殺人事件の遺族が独自取材の依頼を行うところから物語が始まる。探偵役の自称小説家の取材によって二つの事件の関連など様々なことが明らかになるのだが、本文には、三種類の別のテキストの断片が引用される。

一つは、資産家の事件に関する作品の引用。もう一つは、新たな取材に基づいて書かれる一家殺人事件に関する作品の引用。そして三つめは、事件を再現して犯人を見つける目的で書かれ、実際に事件現場の家で上演されることになる脚本。

こんな複数のテキストが組み合わさっているにも関わらず、決して読みづらくもなければ、理解不能になることもなく、ストーリーを追う面白さや謎解きの意外さを楽しむこともできる。作家のすぐれた技術だと感心する。

と同時に、こうした作品を問題なく受け入れることができるのは、僕たち自身が、時間軸の異なる多層的なテキストをつなぎ合わせるようにして生活している、ということでもあるからだろう。複数の大小の事件がランダムに起きて、捜査や解決のプロセスが併行し、それぞれの謎が解けたり、解けなかったりするような推理小説、といえないこともない。我々の日常や人生というものは。

ところで、折原一が作家中島敦(1909-1942)の甥(妹の子ども)だと知ったのが、今回最大の驚きだった。