大井川通信

大井川あたりの事ども

隣人を推理する(その3)

カーポートに面した我が家の壁には、風呂場の窓とトイレの窓とが並んでいる。どちらもアルミの格子がはめられているから油断していたのだが、のぞきを妨げるものではない。風呂場の窓は低い位置にあるが、トイレの窓は2メートルほどの高さがあって、踏み台でもないかぎり中を見ることはできない。

壁の下の土台と接するところには、水切りという金属製の横材が入っている。壁を伝った雨水が土台にかからないようにする仕掛けだ。以前から気づいていたのだが、トイレの真下の水切りの部分が、そこだけつぶれているのだ。ちょうど無理に足をかけたみたいに。

通常、水切りがへこむような事態は考えられない。夜暗がりでトイレをのぞこうとして、水切りに足をかけたのだが、薄い金属だからつぶしてしまったということではないか。風呂場の方に踏み跡がないのは、立ったままの高さでのぞけるからだ。ここまでは、ずいぶん以前に「推理」してはいた。

今回、隣家の話題から、何気なく水切りの踏み跡のことを思い出して妻に説明している時に、ふと天啓のようにひらめいて、十数年越しの謎が解けたのだ。そうして、のぞきの犯人はやはり隣家の主人であると確信した。

当時の彼は、自らの性向からやはり「トイレ」ものぞこうとしたのだろう。そして水切りの一部をふみつぶしてしまった。後ろめたい行為をしている人間にとっては、自分の行為の証拠が残るのは怖かったはずだ。変形した薄い金属板はもとには戻らない。もしかしたら、その時たてた音を家人に気づかれた可能性もある。

その時彼は、夜間のバッティング練習のボールが当たったという「言い訳」を思いついたのではなかったか。それなら、水切りの変形も異音も説明することができる。しかし、この言い訳を相手方に伝えることは難しい。

そこで、子どもにラーメンを持たせて謝らせるという方法をとったのだ。当時は、このラーメンの意味がまったくの謎だった。ボールが当たったくらいでは大袈裟だし、もし壁や窓に傷をつけたのなら安価すぎる。そもそも、なぜ子どもにもたせたのか。

被害は水切りの歪みとわかっているのだから、なるほどラーメンのセットはちょうどそれには釣り合っている。言い逃れをしたい一心の彼には謝罪の気持ちなどはなく、自分が直接顔を出すのは気まずかったのだろう。

隣家の主人は社会的な制裁を受けて、転居していった。しかし、まさかこれをきっかけに、十数年前の「事件」の真相が露見するとは思ってもみなかったにちがいない。