大井川通信

大井川あたりの事ども

『たったひとつの冴えたやりかた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 1986

読書会の課題図書。

表題作の第一話だけ読んだときは、子どもが主人公のためか「冒険」「友情」「自己犠牲」といった地上的で単純なテーマが透けて見える気がして、架空の世界を自由に楽しむ気にはなれなかった。

全体を通じて同じ難点は感じられるのだが、第二話では「老いと若さ」や「自由と愛」、第三話では「世界大戦とその回避」等の現実的なテーマが、それぞれ葛藤をはらんで展開するので、しだいにストーリーに引き込まれた。

三つの連作は、共通の世界を背景にしているので、特殊な設定もなんども重ね書きされているうちにリアリティを増してくる感じがあった。後半に行くほど面白くなるのはそのせいかもしれない。図書館での異星人同士のやり取りが、三つの連作を遠い過去の物語として縁取っているのも、お洒落でよかった。

突飛な連想かもしれないが、三つの連作は、それぞれ吉本隆明の「自己幻想」「対幻想」「共同幻想」(もはや死語だが、吉本的にはこの三つで人間の全幻想領域をカバーする)に対応している気がする。少女の内面の世界、男女の深い愛情の世界、そして集団同士の争いの世界。著者の自死の前に書かれた遺作ということだが、こんなところからも、よく練られた作品だと思う。

ところで、以前 ウェルズの『タイムマシン』(1895)を読んで、未来社会でも万能の武器のようにマッチが大活躍することに興味をひかれた。SF作家の想像力といえども、その当時の技術水準の制約を受けてしまう。

この作品では、様々な場面で、カセットテープが活躍する。テープが終わってカセットを取り換える場面が頻繁に出てきて、今になってみるとあまり未来のテクノロジーらしくないのが面白い。