大井川通信

大井川あたりの事ども

流全次郎の旋風脚

いとうせいこうが、「通信空手の有段者」だという記事を見て、自分も高校時代に通信教育で中国拳法を習っていたことを思い出した。というと、ずっと忘れていたみたいだが、実は、ことあるごとにそのネタで笑いをとってきたのだ。

さらに本当のことをいえば、少年マガジンか何かの広告欄で申し込んだ通信教育は、ほとんど詐欺ようなもので、薄っぺらな教材は全く役に立たず、質問用紙を送付しても、答えは「教材の通りやってください」といういい加減なものだった。

だから僕が学んだのは(実際に学んだことは学んだのだ)実用書の『中国拳法入門』(松田隆智  1977)という本で、こちらの方がずっとわかりやすく本格的だった。一人でできる型を覚えて、近所の公園で練習していた。短い木刀や棒術の棒も買ってきて、武器を使った型も覚えた。

当時はブルース・リー(1940-1973)の死後、日本でも大ブームが起きていたのだが、真面目な中学生の僕は映画を観ることはなかった。むしろ漫画『男組』(雁屋哲池上遼一  1974-1979)へのあこがれが強かった。 少年院出身の流全次郎が中国拳法の技を使って悪の体制に立ち向かうという話で、まだ学生反乱の時代の雰囲気を残している。仲間はいても、戦いのよりどころは主人公の個人技だった。

さらにさかのぼると、『空手バカ一代』第一部-第三部(梶原一騎つのだじろう   1971-1973)の影響が圧倒的に大きい。戦争帰りのマス・オーヤマこと大山倍達が、敗戦後の日本とアメリカで、超人的な空手の技を頼りに生き抜くドキュメンタリータッチの物語は、小学生の僕には異様な力で迫ってくるものだった。

その他思い出すのは、漫画『ワル』(1970-1972)の主人公氷室洋二や『カムイ伝』(1964-1971)をはじめとする白土三平漫画の忍者たちの姿だ。小中学生の頃読んだ漫画が、そのあと勉強したどんな書物よりも身内に深くくいこんでいる気がする。

反体制的な一匹狼、身につけた独自の武術、生き延びるための戦い。この三つが、それらの物語の共通要素だろう。気が小さくずぼらで八方美人の僕も、しかし根本のところではこのような物語世界の発想から抜け出せてはいない気がする。

流全次郎の得意技は、旋風脚という飛び回し蹴りだった。僕も見よう見まねで、なんとか形だけはそれらしく飛べるようになった。今でも、絶体絶命のピンチには、この技を繰り出すことができるだろうか。