大井川通信

大井川あたりの事ども

水回りを整える

数年前、風呂場の水道の蛇口の水漏れの修理をした。簡単だった。それで味を占めて、昨年、洗面台の温水と冷水を使い分けられる蛇口の水漏れを直そうとしたが、これは構造が複雑だから、部品を替えるしかないことがわかった。

それでも、とにかく水回りのことは、これだけ不器用で無精な人間なのにもかかわらず、何とかしようと思い、何とかできると思っているところが我ながら不思議だ。

10年ぶりくらいで、二カ所のトイレのウォッシュレットの取り換えをしてやるぞと思い立ち、一階の分はなんとか見様見まねで取り付けられた。しかし二階の分は、そもそも古い器材を取り外すことができない。便器に取りつけるゴムがかたく付着している。ゴムを少しずつねじ切りながら、一週間くらいでようやく分離に成功する。

しかし、こんどは配管の接続がよくわからない。作業解説書が想定している配管と、現物の配管が微妙に違っていて、何をどう取り替えたらいいのか、そのために何が不足して何が必要なのか、作業のプロセスが難しいパズルのようで、頭の中でシュミレーションできない。

にっちもさっちもいかないので、作業書が指示する部品を取り寄せて、現物の組み合わせで、ぶっつけ本番でパズルを解こうとしたら、どうにかなった。

ようは、まるで不器用なのだ。作業というものの才能がまったく欠けているのだ。理屈と現物をつなぎ合わせるセンスが、決定的に不足しているのだ。これは若いころからわかっていて、本を読んだり、あれこれ考えたりしたことが、実生活でまるで応用できないことに気づいていた。だから、その二つを完全に切り離すしかなかった。

これは今でもそうである。でもそれなりに長く生きていて知恵がついたから、大井川歩きと称し、自分が考える舞台を地元の狭い土地に限定することで、思考と実際とのつながりをなんとかつけようとしているわけだ。やれやれ。

そうそう、問題は水回りだった。とにかく元栓を締めて、水の流れを止める。トイレの配管には、手前で水をとめるべく「止水栓」という部品ついている。その先でウォシュレットにも水がいるから「分岐金具」という部品をかませて、水の流れを二つに分けなければいけない。接続部分には必ず、ゴム製のパッキンを入れて、ボルトをきつく締め付けること。水漏れ防止は、この武骨な無理やりの力技に頼るしかないのだ。

などと、とりあえずスラスラ理屈をまとめておくことにしよう。実地ではまるで力不足だったのだが。やれやれ。