大井川通信

大井川あたりの事ども

テレビ局のプロデューサーの人ですか?

近くの街で仕事で会議に出るので、その前に黄金市場に寄ることを思い立つ。なんもかんもたいへん!のおじさんに会うためだ。JRからモノレールを乗り継いで最寄り駅へ。思ったよりスムーズに市場に着く。

モノレールは、長男が4年間大学への通学で使っていたもの。僕が新入社員としてこの街に赴任したときには、すでに施設は出来上がっていて開業直前だった。長男にこの街の大学への進学をすすめたのは、自分の青春時代へのノスタルジーのためだったのかもしれないと思う。

今日はどんな口上が聞けるのだろうか。期待してのぞくが、市場の路地におじさんの姿はない。足元の野菜の入ったカゴは出しっぱなしだから、食事に出ているかもしれない。周囲もいつもよりシャッターを閉めた店が多く、閑散としている。おじさんの予言通り、コスモスの開店で黄金市場もいよいよあぶないのだろうか。(あとで聞くと、水曜日は中央卸売市場の定休日のため休む店もあるそうだ)

市場のできるだけ古そうな定食屋に入って、ちゃんぽんを食べる。メニューはなぜかほとんどが500円。おじさんのことを聞くと、かなり前から営業していること、おくさんが別の場所で花屋をしていることを教えてくれる。店先での明らかな変則的な営業だから、周囲からは疎まれているかもといらぬ心配をしていたが、そんなことはなさそうで安心する。絵に描いたような昭和の定食屋さんで、開業して60年以上になるそうだ。

「店」の前に戻るが、まだおじさんはいない。路地をはさんだお茶屋のご主人に尋ねると、やはり食事のようだ。テレビ局の人ですか、と尋ねられる。たんなる一ファンですよ、と答えるが、どうやらこのあたりの名物で、地元のマスコミの取材もあったりするようだ。あれだけの口上だから無理もないと思いつつ、ちょっと残念な気持ちもする。

温厚なお茶屋の主人と話しているところへ、大通りから路地に入ってきた人影がある。おじさんだった。少し体を傾けて歩く姿は、さすがに年相応に見える。おじさんが、午後の簡単な「開店」準備をしているところに、おみやげの地元の醤油を手渡す。たまごかけご飯専用の特製醤油だ。意外な声掛けに、おじさんもとまどったようで、お礼を言われたが、ふだんの口上のようななめらかさはない。

客足がないから、口上を聞くこともできない。会議の時間が迫っていたので、路地を後にする。背中で、調子が戻った快活な声を聞きながら。

おじさん「こんなもの持ってきてくれる人はおらんばい!」お茶屋さん「こんなことがあるなら長生きをしないとね」