大井川通信

大井川あたりの事ども

『戦後経済史』 野口悠紀雄 2019

整理法や勉強法についてのベストセラーを書いた、大蔵省出身のスマートなエリート経済学者。著者の野口悠紀雄(1940~)については、そんなイメージしか持っていなかった。戦後史のおさらいのつもりで手に取ったのだが、抜群に面白いうえに、襟を正して読まざるを得ないような書物だった。その理由は二つある。

一つは、著者の人生がぴったり日本の戦後と重なっていて、自身が真剣に生きた現場の証言を交え、そこから得た自説を介して、血の通った歴史を語っていることだ。

著者の記憶は、東京大空襲で家族とともに追われた夜からはじまる。たまたま逃れた防空壕で、たまたま入口付近にいたために窒息を免れて命拾いをする。一晩で狭い地域で10万人の人間が亡くなる空襲を経験し、身を守る最低限の知識すら与えずに人々を放置した国家に徹底的な不信の念を抱いたという。官庁勤務やエコノミストとしての国際的な活躍の場での経験談は興味深いが、その時々の自分の認識や判断を、誤りも含めて率直に書いているのが好ましいし、読み手に時代への臨場感を与えてくれる。

もう一つは、日本の戦後復興から高度成長、バブルの崩壊、その後の低迷と今後の展望にいたるまで、一貫した視点で描いている点だ。それは「1940年体制論」ということになるが、その根底には、誠実に考え、誠実に働くことを大切にしようとする地に足のついた著者の価値観がある。

日本の成功の主因は、戦後の民主化の成果であったり、日本独自の文化に根差す経済慣行であったりするわけではなく、戦時中に国家統制のために作られた1940年体制にある、というのが著者の考えだ。このシビアな認識に立てば、成功体験に縛られたりイデオロギーに目を曇らされたりすることなく、従来の仕組みを点検することができるだろう。しかし、実際には、旧来の体制への幻想を抱き、棚ぼたでの利得を夢見ていることが、日本経済の低迷を長期化させているのだ。

新しい技術的な環境と国際的な環境のもとに、もういちど誠実に学び、考え、働くことを取り戻そうというのが著者の主眼だろう。良い本に出会ったと思う。