大井川通信

大井川あたりの事ども

白い象の恐怖

今の人は、花祭りといっても、何のことかわからないだろう。キリスト教で言えばクリスマス、仏教のお釈迦様の誕生日を祝うお祭りである。しかし、僕も、子どもの頃読んだ本でそんな知識を蓄えただけで、実際に花祭りというものを見たことはなかった。

そこはひなびた漁師町のはずれで、岬には神社がまつられている。道の突当りには堤防があり、その先にはものうい春の海がひろがっている。鳥居の下には、一群の花が咲き乱れている。

花々には、驚くほどの数のアサギマダラが優雅に群れている。この花の蜜には、メスを吸引する物質が含まれているそうだ。だからオスたちは、千キロに及ぶ旅の前に、交尾に必要な物質の補充に余念がない。そんな説明を、ボランティアの老人がしきりに耳元で繰り返す。

その時だった。町の方から、不思議な行列の一団が近づいてきたのは。

きれいに着飾った幼児を先頭に、大人たちが祭りの山車のような、紅白の幕で飾られた木の車を引いているのだ。車の前面には幼児が腰かけているが、その後ろに、白いゾウの張りぼてが、あたかも主役であるかのように乗せられている。

よく見ると、像の背には四本柱の厨子があり、生まれたばかりの釈迦の小さな像が、片手の指を天に突き出している。お釈迦様の誕生を祝う花祭りの稚児行列だ。

色彩といいい造形といい、異国情緒といっても中国をとばして、東南アジアかインドの風俗にいきなり出くわしたみたいだ。しかし、この稚児行列から繰り返し流れてくる童謡風の行進曲は、まぎれもなく日本の、遠い昭和の昔から、この行列が続いていることを証し立てている。

神社の鳥居の前まで来て、白い象の隊列はゆっくりと折り返すと、音楽のかすかな調べだけを残して、 立てこんだ町並みへと消えていった。