大井川通信

大井川あたりの事ども

ヒメハルゼミの合唱

数年前、職場近くの松林で、ハルゼミの存在に気づいて、驚いた。セミは、もっとも身近な昆虫であり、今さら新しい発見などないと思い込んでいたからだ。もっとも、ハルゼミは松林の中でなら、それほど珍しいセミではないのかもしれない。5月に奈良に行ったとき、興福寺裏の松林からも聞くことができたから。

ハルゼミを観察して覚えた言葉がある。一つは日照性。日が当たりだすと、鳴きはじめるのだ。もう一つは合唱性。一匹が鳴きはじめると、それに合わせて他の個体も鳴きはじめる。セミは、環境の変化や他の個体に影響を受けずに、機械的にガンガン鳴き続けるようなイメージがあったので、このハルゼミの特徴は面白くて、頭に残った。

今回、和歌神社裏の森から聞こえてきたセミの声で気づいたのは、合唱性があるということだ。かなり大きな声で鳴いているのだが、しばらくすると潮が引くように声が小さくなる。しかしその後には、また鳴き声が盛り返す。ふだん聞くセミには、こんなことはなかった。

鳴き声も単純なジージーではなく、ミンミンゼミほどはっきりではないが、繰り返すようなフレーズも含まれている。だから、アブラゼミクマゼミ(さらにはニイニイゼミ)が混じった声だろうと思った。しかし、クマゼミは午前中にしかなかないはずだし、この地域で鳴きだすのは、梅雨明け後の7月中旬以降だ。アブラゼミもまだ他所では聞いていない。

こうした様々な違和感を抱きながら、自分の知らない新しい種類のセミだとは思わなかったのは、あまりにも大きな声で、多くの個体が堂々と鳴き続けていたからだ。その歌いぶりは夏の盛りのクマゼミたちと一緒であり、珍種らしいか弱さや儚さが感じられなかったのだ。

しかし、念のため図鑑で調べると、生息条件にあう種類は、限られている。ネットの音声と詳しい解説と照らし合わせて、ヒメハルゼミでまちがいないと確信した。

・西日本の照葉樹林で生息し、集団で合唱する。時期は6月下旬からで、短期集中で発生。ヒグラシと同所で生息することも。

・鳴き声はアブラムシに強弱をつけたようで「ギーオ、ギーオ」「ウィーン、ウィーン」など。特に夕方に連続して鳴く。

・生息分布域が、他のセミのように面でなく点である貴重なセミである。

照葉樹林は、スギ、ヒノキなどの針葉樹の植林によってほとんどが失われており、社寺林(いわゆる鎮守の森)として、わずかに残されている。ヒメハルゼミは飛翔能力が低く、生息域の拡大を図らないため、点在する社寺林でかろうじて生息しているのだろう。

和歌神社のヒメハルゼミは、まったく貴重な存在なのだ。僕自身も神社がビオトープの機能を持っていることに気づいてはいたが、特徴ある生態と鳴き声で、それを多くの人にアピールできる素材になるだろう。何より、地元の神社で出会えたことは、大井川歩きの有効性を立証してくれるようでうれしい。