大井川通信

大井川あたりの事ども

ヒメハルゼミの研究

午後5時過ぎに家を出て、歩いて5分ばかりの和歌神社にむかう。今日は曇っているので、すでに夕方らしい時刻だが、神社の境内にセミの声はない。いったん家に戻ろうとすると、突然裏の林からセミの合唱が始まる。5時30分頃だ。しばらく聞いてから家に戻り、帰ってくると鳴き声はやんでいる。すると6時頃に再び鳴きだし、5分くらいでまたぴたりと止んだ。

ヒメハルゼミのすさまじい蝉しぐれを、ぜひ林の中で聞いてみたい。斜面をよじ登って林に入る。わずかに神社裏の斜面が住宅街の開発から免れているが、斜面の上部は針葉樹の植林になっているので、広葉樹の大木は境内に30本ばかりあるくらいだろう。この狭い林でヒメハルゼミが生き残っているのだ。いくら待っても鳴きはじめず、やぶ蚊に責められて、仕方なしに斜面を下りる。

すると6時30分頃になって、ようやく蝉しぐれが始まる。今回も5分程度で鳴き止むのかと録音を始めるが、鳴き声は大きくなったり小さくなったりしながらもなかなか途切れない。結果的に、6時50分頃と7時10分頃に、それぞれ何分間かの完全な中断をはさんだだけで最後まで鳴き続けることになる。

この地域では7時30分頃が日没だから、境内の外では街灯や家の明かりが目立つようになるし、空にはコウモリが飛び交うようになる。暗い林の中にはすっかり夜の闇が忍び込んでいる。それでも、ヒメハルゼミは元気に鳴き続け、鳴き止んだのは7時45分頃だった。

かれこれ1時間以上、ヒメハルゼミを聞き続けたのだが、かなり複雑で華やかな感じもする鳴き声だ。それもグループでお互いに呼応して演奏しているのも楽団みたいで面白い。

群れの鳴き始めや鳴き終わりには、単独の鳴き声を聞き分けることができる。するとかなりはっきり「ギーオ、ギーオ」(ミーン、ミーンと聞けないこともない)というフレーズを繰り返していることがわかる。古いゼンマイ仕掛けのオモチャが出すような音の感じは、たしかにハルゼミに似ている。一方、集団で鳴きだすと、このフレーズが埋もれるくらい、「ジリジリジリ」(カラカラカラと聞けないこともない)という単調な鳴き声が林にあふれるようになる。(愛用の小学館昆虫図鑑で「ミンミンカラカラ」と鳴き声を表記してるのは、こんな事情があるためだろう)

「ギーオ、ギーオ」が複合して「ジリジリジリ」の爆音となるとは思えない。おそらく二種類の鳴き方があるのだが、ツクツクホウシのような秩序だった鳴き順があるのではなく、ジリジリジリをベースに、思い余ってギーオギーオと絶叫するというパターンではないかと思う。だからジリジリジリと始まる爆音の中で、初めからギーオギーオと叫ぶ連中もいるわけだし、彼らも後からジリジリに加わるから、いっそう分厚い蝉しぐれとなるのだろう。このうねるように増幅する音量は、近くで聞くと、何か身の危険を感じるほどの迫力である。この集団演奏を、ごく小さな鎮守の森で代々生き延びるセミたちが行っていると思うと、心を揺さぶられる。

そろそろクマゼミが地中から出て来る時期になる。いつまでヒメハルゼミの絶叫が聞けるのだろう。また、近場の神社ではどうなのか。興味は尽きない。