大井川通信

大井川あたりの事ども

僕はニイニイゼミすら聞き分けていなかった

夕方、家の周辺を歩く。いろいろ反省することしきり。

まずは、先日ヒメハルゼミの調査と称して、近隣の神社を車で回ったこと。家の近所をたんねんに歩き回れば、ちょっとした鎮守の森程度の林はあちこちに見つかるのだ。そこを調べるのが、やはり大井川歩きの本筋だった。日没前後の1時間程度でも、それなりに歩くことができる。

家のすぐ近くの病院の裏山には、駐車場や住宅の造成で小さくなったものの、うっそうとした林がある。ヒグラシとアブラゼミの声は聞こえるが、ヒメハルゼミの声はしない。

住宅街のなかの路地を横切って、空き地に並んだ樹の脇を通ったときだ。耳にツーンと響くようなセミの声が聞こえてきた。夕方よく聞くこの声を、僕はアブラムシの鳴き方の一つくらいにして片づけていたのだ。

木の幹の低いところに眼をこらすと、保護色みたいなニイニイゼミが止まっている。鳴き声の発生源は明らかにそこだ。初めはその高音のキーンが強くなって、おおげさに言えば脳を狂わすかのような音圧を加えてくる。やがて、不意に転調して、トーンが弱い聞きやすい音に代わる。その繰り返しが続いて、やがて鳴き止む。ぜんぜんニイニイではない。一度覚えたら間違いようのない、宇宙からの音波のような声だ。

ハルゼミヒメハルゼミの発見に有頂天になって、いっぱしのセミ通を気取っていたが、ごめんなさい。僕はニイニイゼミすら聞き分けていなかったのだ。何事も、基本から一歩ずつだと反省する。

納骨堂裏の林に近づくと、今夕もヒメハルゼミのそこそこの合唱が聞こえてくる。和歌神社にたどりついたのは、今回も日没後の8時近く。ようやく大合唱も終わりかけの時で、仲間がもう相手にしてくれないのに、ゲーオ・ツクツクのフレーズを未練がましく繰り返していた一匹が鳴き止んで、森が静寂に包まれたのが7時57分。

大井川の土手を歩いて、大回りで家に戻る。和歌神社の森の上に上がった丸い月が、田んぼに映ってゆらいでいた。