著者の本郷儀人(1977-)は若手の昆虫学者。以前に『カブトムシとクワガタの最新科学』(2012)を読んで強く印象に残っていたのだが、それを子ども向けにやさしく書き直したような本だった。
『カブトムシ山に帰る』という本は、生活の中で身近な自然にとことん付き合って、その経験と直感から推理した一種の文明論のようなものだ。射程はひろく、知恵は深いが、誰もが納得できるようなデータに基づくものではない。
この本は、徹底した科学的な調査に基づくものだ。調査対象の雑木林に毎晩通い、すべてのカブトムシに捕獲して計測したあと番号をマークして放つ。その数は300を超えたそうだ。そして夏の間、深夜まで野外観察して行動を記録するという、驚くような忍耐強い調査である。
その成果は説得力がある。一般的にはクワガタムシ人気が高いせいか、クワガタムシがカブトムシを負かすこともあると書かれている本が多い。実際人工的な虫相撲みたいな場面ではそうかもしれない。しかし、著者の行ったえさ場の野外観察では、すべてのケースでカブトムシが圧倒していたばかりか、角の無いメスにすらクワガタは歯が立たなかったという。
長年の漠然とした疑問に明快な答えを出してもらった点もある。カブトムシの角やクワガタムシの大アゴは、やはり戦いのための武器であり、メスをめぐる競争(性淘汰)のため進化したものだという。一見、えさ場のとりあいでケンカしているように見えるし、たいていの本にもそういう説明があったが、実はえさ場にくるメスを得るためのケンカだったのだ。目からウロコが落ちる思いだ。そうすると、彼らは、子孫を残すために戦いを宿命づけられた根っからのファイターということになる。男子たちが、夢中になるのもうなづける。
著者によると、関西では、それまで多かったミヤマクワガタが減ってノコギリクワガタが増えているという。僕の子どもの頃の東京郊外では、両方とも高値の花だったが、ミヤマクワガタの方が希少で、武骨な外観からもあこがれが強かった。
著者が両種間の争いの観察から導き出した結論が衝撃的だ。これは野外ではめったに観察できないので、実験によるものだが、ミヤマクワガタの方がいくらか身体が大きいのにもかかわらず、勝率ではノコギリクワガタの方がかなり高い。
これは相手を負かすための技の種類の違いにあると著者は結論付ける。ミヤマクワガタは「上手投げ」(相手の身体を上からはさんで、持ち上げて投げる)しかできないが、ノコギリクワガタは、「上手投げ」ととともに「下手投げ」(相手の身体を下からはさんで、持ち上げて投げる)もできるのだ。
ミヤマが上、ノコギリの下の態勢では、両者が何げ技を出せる「がっぷり四つ」になるが、ミヤマが下、ノコギリが上の態勢になると、ノコギリしか投げ技が出せないのだ。これではよほどの体格差がないと、ミヤマには勝機がうすい。
この知識は、ミヤマ好きには残念なものだけれども、7年前に著者の前著で知って以来、昆虫好きの知人に得意げに吹聴する、僕の鉄板ネタになっている。