大井川通信

大井川あたりの事ども

すた丼のほろ苦い味

食に関しては知識も味覚もなく、唯一記事にできるB級グルメが「すた丼」だ。今年になってから地元にチェーン店が出店したので、帰省時にねらって食べる必要がなくなった。それで何十年ぶりかで、すた丼発祥の店を訪ねることにした。

国立駅は撤去されていた三角屋根の大正の駅舎がようやく復元工事中だ。最近、門司港の重文の駅舎が当時の姿に復元されたが、くっきりと時代をまとった姿が鮮やかで印象が良かった。国立の駅舎も建設時の姿に戻すそうなので、それも楽しみだ。

国立は駅前ロータリーから正面に大学通り、東に旭通り、富士山を突当りにして西に富士見通りと、放射状に大通りが伸びて、その間を碁盤の目のように街路が通っている。起伏もほとんどない。子どもの頃はこれをあたりまえの街の姿と思って育ったが、後年、ひどく人工的な環境だったことを知ることになる。

すた丼発祥のラーメン屋は、僕の実家のある旭通り側とは反対の富士見通り沿いにある。しかし、いけどもいけども店はない。途中あきらめて戻ろうともしたが、公民館より数ブロック先でようやく店を見つけた。入ると、金曜の夕食時だったが他に客はない。

ミニサイズのすた丼を注文する。正直なところ、もともと同じレシピのためか、僕が味覚オンチのためかチェーン店との区別がつかない。むしろ盛り付けが貧弱な気がする。黙って帰ればよかったのだが、僕のおべっか使いの癖がでて、店主に、「30年ぶりに食べました。近ごろはチェーン店とかありますが、やはり本物の味はちがいますね」などと心にもない言葉をかけた。

「そのことはノーコメントです。好きな方の店で食べたらいいんじゃないですか」と、想定外の厳しいトーンの返事が返ってきた。おそらくチェーン店とののれん分けには、いろいろ複雑な事情があって、そのことをお客から聞かれることにうんざりしていたのだろう。しかし、それだけではない。

初めに店に入ったときに気づいたのだが、店主のぎょろっとした目には見おぼえがあった。30年前最後にこの店に入ったときに、会計でのちょっとした行き違いで、舌打ちをされ睨みつけられるという嫌な思い出があったのだ。もともと気の短い人なのだろう。有名店のはずなのに客が少ないのもそのへんに理由があるのかもしれない。

ただ、今回はあきらかに僕の方に非がある。僕は暗い気持ちになりながら、おそらく二度と来ることのない店を出て、富士見通りを駅へと急いだ。