大井川通信

大井川あたりの事ども

「共鳴りの術」と日本の家

玉乃井カフェを訪ねて、主の安部さんと話している時、古い家屋で耳に入る音について話題になった。

築百年の木造の旧旅館は、雨だれや風の音など、さまざまな自然の音を増幅してひびかせる。また、屋内で生じるささいな音、例えば時計の機械音なども、はっとするほど大きく耳元で聞こえることもある。訪問客のなかに、この音に敏感に反応する人がいるらしい。

かつての日本家屋は、音を遮断して無音状態を作り出す容器なのではなく、むしろ音を伝え、音を響かせる楽器のような機能をもっていたのかもしれない。そういえば、今の住宅に当たり前にあるインターホンは、音の遮断が前提となった装置で、もともと日本家屋にはそんなものはなかった。旧旅館の大きな構えの玉乃井でも、玄関先で声をかけるだけで、奥の部屋にいる安部さんにたいていは声が届くのだ。

白土三平の忍者漫画に、「共鳴りの術」という忍術があった。敵方の住む家の屋根の棟や天井裏のハリに、密かに大きな弓を取りつけておく。忍者は、大凧に仕掛けた弦を、嵐の風雨などによって強く振動させ、家屋に取り付けた弓の弦と共鳴させる。共鳴によるうなりは家屋全体を襲い、そこに住む者の神経をまいらせてしまう。

白土漫画の忍術は、おそらくは白土の自由な発想のたまものなのだろうが、今の漫画のように何でも超能力ですますのではなく、科学的な根拠を示したまことしやかな説明に魅力があった。この「共鳴りの術」なども、木造建築が内外の音をよく伝える性格を踏まえているので、妙な説得力がある。

ところで、二週間ばかり前、東京で台風の直撃を受けたときには、姉のマンションに泊っていたために、風の音も建物の揺れも感じられずに、なんともあっけない思いをした。そのあとの交通機関の異常な混雑で都市災害の恐ろしさを実感させられたが。

今回は、北部九州でも記録的な暴風を伴う台風だ。吹き飛ばされたトタン屋根が送電線に洗濯物のようにぶらさがり停電を引きおこしたという近所の被害が、ローカルニュースでさかんに取り上げられている。

深夜には最接近して、雨戸や壁を叩き樹々に吹きつける風の音と、不意に建物を揺らす激しい風のうねりに、心底恐怖した。まるで、自分が家屋になって夜の戸外に立ちつくし、台風に吹きさらされているみたいな気分になる。